抜けるような秋晴れの青空の下、砦の中央に設けられた闘技場内は多くの騎士と兵士たちでごった返していた。
彼らが固唾を飲んで見守る先では、大柄な男と体格の劣る女が何度も剣を打ち合わせている。女は利き手に長剣を、反対の手には短剣を持ち、踊るように軽やかに地面を蹴って大柄な男に立ち向かっていた。対して男はほとんどその場を動くことなく、長剣を受け止めては跳ね返し、隙をついて繰り出される短剣は身を捻って躱していく。
これまでの打ち合いとは異なりもう随分続いた手合わせに、果たして一体どちらが勝つのかと全員が手を止めて注視している。
やがて甲高い音と共に短剣が宙を舞い、「そ、それまで!」と審判役を務めていた騎士の上ずった声が終わりを告げた。
二人の健闘ぶりに、先ほどまで張り詰めていた周囲もようやく肩の力を抜いて、喝采が上がる。特に、男相手に奮闘してみせた女へ惜しみない賛辞が送られた。
大柄な男であるシズレーは、一つ大きく息をついて額にうっすらと浮かんだ汗を拭った。
「……隊長、ありがとう、ございました」
シズレーに弾かれて取り落とした短剣を拾いあげ、肩で息をしながら鞘に納めた女性騎士・ワンダが、まだ痺れの残る左腕を押さえながら律儀に頭を下げる。
「なかなか敵いません」
「いや、俺も双剣使いとの実戦は慣れていないから手こずった」
ワンダは第二騎兵隊の中でも数少ない女性騎士であり、かつ数少ない双剣の使い手でもあった。体力ではどうしても男に劣るところを、身の軽さと巧みに操る双剣で補っている。並みの男ならば十分に打ち勝てるが、武勇で知られた第二騎兵隊の頂点に立つ男には、勝ち目がなかったのだ。
「……そんな、ご謙遜を」
シズレーが手こずったのは事実ではあったが、ワンダは世辞は結構だとでも言うように苦く言った。
先日、彼女の自尊心を傷つけてしまって以来、彼女はやや頑なな姿勢のままである。
普段のシズレーならば模擬戦は騎士たちの中でも腕に自信のある者しか相手にしない。今回ワンダと対戦したのは純粋に彼女の双剣を試してみたかったからであるが、おそらく、投書相手へ見せつけるよう、シズレーがわざと手を抜いたとでも受け取ったのだろう。
「……本当なのだがな」
それ以上言葉を重ねてもワンダは良いようには受け止めないだろうと察して、シズレーは「次!」と外野に向かって声を張り上げた。
ワンダはそんなシズレーにもう一度頭を下げて、二本の剣を片手に振り返ることなく闘技場を後にした。
「まったく、何をやってるんですか、貴方は」
軽く夕食を取ってから、割り当てられた砦内の自室で演習の報告書をまとめていたシズレーは、呆れたような次官の言葉に眉尻を下げた。思い当たる節はいくつもある。
「ストフリーは部屋から出ないようにしているようですが、あれでは不自然です」
一人になるな、とシズレーが言ったのはあくまで誰か第三者と行動を共にするようにしろという意味合いであったが、ワンダはそれを良しとしなかったようだ。
日中の演習内容が終わればすぐに自室に引っ込んで、食事まで自室でとっているらしい。ほかの隊員たち、とりわけ彼女を慕う女性兵士たちが、いったい何があったのかと心配する声が次官の耳にも届いている。
「私がさっき声をかけたら『ご迷惑をおかけして申し訳ありません』の一点張りで、あれはかなり意固地になっているようですよ」
「面目ない」
「……まあ、不正の犯人を見つけられない我々にも問題はありますがね」
「そうだな」
シズレーは苦い顔で頷いた。
砦に着いてからワンダへの投書はぱたりとやんだ。
第二騎兵隊にも、数はわずかだが隠密行動に長けた細作の兵士がいる。ワンダの部屋へ訪れる者を見張るよう内々に指示していたが、投書主が現れることはなかった。
そして元々砦までの道中で隠蔽行為は済ませるつもりだったのか、到着してからもするつもりだったのかは分からないが、武具の数はあれから変わりなかった。薄汚れた羊皮紙以外に新たな手掛かりはなく、お手上げ状態なのであった。
「――セイセキヒョウ」
「え、何ですか?」
耳慣れない言葉を聞き咎めて顔を上げた次官に、シズレーは「いや……」と言い淀んだ。
成績表があるのだと、ユウは話していた。
ユウの勤め先である「ガクシュウジュク」はシズレーの知る単語で言うと貴族の男児たちのための学び舎だという。上流貴族であるオトロード公爵家では学び舎に通わずとも家庭教師が幾人もいたが、そうでない者は皇都の寄宿舎で肩を並べて学ぶものだ。そしてユウの言うその学び舎では、生徒一人一人の特徴を詳細に表した文書があるそうで、よく上司にその成績表づくりを押し付けられては憤っていた。
何でも、生徒の名前や居住地だけではなく、何が得意なのか、何が不得手なのか、そしてそれは平均からどう離れているのか、上から数えて何番目なのかなど、事細かに管理しなければならないのだそうだ。
そういうものを、隊でも作るのはどうだろうか。
シズレーは六千人の名の綴られた名簿は勿論目にしたことがあるが、あくまで氏名と出身地のみのものだ。皇国においてそのような個人を記録しておくものはかつてなかった。もしあれば隊をまとめる者としてはこれ以上に分かりやすいものはない。そして今回の不正を突き止める手がかりにもなるだろう。
考えながら、いや、とシズレーは頭を振った。
今は軍事遠征の真っ最中だ。シズレーが優先しなければならないことは、この六千人の隊をまとめあげ無事に演習を終えることだ。
「……隊長、どうかされましたか?」
考え込むシズレーに遠慮がちな声が届き、シズレーは次官を見返した。
相手は隊長職として未熟なシズレーに根気強く付き合ってくれる面倒見の良い部下である。話してみる価値は十分にあるだろうと考え直して、シズレーは次官に案を告げた。
ユウの言葉をこちらの世界の物事に定義することに四苦八苦しながらも、隊員名簿以上のものを作りたいのだと話せば、次官は真剣に受け止めて頷いた。
「いい考えかもしれません」
ですが、と続ける。
「今は難しいですね」
勿論その理由は、今が遠征中であるからに他ならない。シズレーが言い淀んだのもまさしくその理由であったので、「そうだな」と頷きを返し、事態に明るい兆しが見えないこと二人でため息を漏らした。
二人の間に沈んだ気まずい空気を払拭するように、次官は「そう言えば」と話題を変えた。
「ああ、隊長、皇都から速達便ですよ」
言いながら、一通の封筒をシズレーに差し出す。
六千の軍勢を率いて皇都から砦へ移動するには数日を要するが、こうした封書を届けるだけならば郵書屋を使えば三日もあれば十分だ。馬を取り換えながらの速達便ならば、二日で届く。
「速達便?」
何か皇都で問題でもあっただろうか、と不思議に思いながら裏返してみれば、差出人は第一騎兵隊の次官であるヴァレンスからであった。軍部を司るヘンリックからの公的な指令であれば蜜蝋による封緘があるがそれもなく、宛先も隊長宛てではなくシズレー・オトロードと個人名宛てとなっており、どうやら私的な封書のようである。
「ヴァレンス殿から……?」
いとこの侍従でもあった彼とは顔見知りではあるが親しく手紙を交わすような間柄ではないため、シズレーは首を傾げた。
ひとまず封を開けてみればやはり指令書ではなく本当にただの手紙のようだ。ワンダに宛てられた羊皮紙のように質の悪いものではなく、上流階級で使われる白く手触りの良い紙が使われている。
同じくいったい何事かと見守る次官の前でぱらりと手紙を広げたシズレーの表情の変化は、まさしく見物であった。
文面を追うにつれてその切れ長の瞳が丸くなったかと思えば、手がわなわなと震えだし、皇族に似通った秀麗な面立ちがみるみるうちに憤怒の形相に変わっていく。そして唇から次々と漏れ出た呪いがかった罵倒の言葉は、随分この上司に慣れてきた次官ですら、ひゃ、と肩を竦めたくなるほどのもので、ここが皇都からほど遠い遠征先であることを唯一神に感謝した。その言葉の一片でも皇族の耳に入ろうものなら、断罪は絶対に免れない。
力の限りにシズレーが握り潰して投げ出した手紙を拾い上げて、次官は上司の様子を伺いつつそっと広げてみる。
そこには、次官も仕事のやり取り上、何度か見かけたことのあるヴァレンスの筆跡でこう綴ってあった。
『シズレーへ
ゆうです
こちらに来てしまいました
しばらくヘンリック殿下のお世話になることになりました
お返事を待っています』
「ゆう……?」
誰だろう、と疑問に思ったのがそのまま口に出ていたらしい。かすかな呟きが耳に届いたのか、ギン、と音でもつきそうなほど鋭くシズレーに睨み付けられた。その実力ゆえに実戦においても滅多に苛烈な表情を見せないシズレーにしては、ありえないほどの睨みである。
「気安く呼ぶな!」
「え、は、はぁ……申し訳ありません……?」
吠えるように怒鳴られて、そんな理不尽な、とは思っても言わない人の良い次官である。
次官の広げていた手紙を奪ってびりびりと細切れに破り捨てたシズレーは、軽く血走った目で荒く息をついた。さながら闘牛だ。こっわ!と次官は内心怯えたが、勇気を出してやんわりと声をかけた。
「隊長、お知り合いですか?」
ゆう、とはシズレーの反応からしても間違えようもなく人名であるようだが、その響きの短さからは男なのか女なのかも判別できない。
次官の穏やかな声に少し落ち着きを取り戻したシズレーは、しばらく迷うように唇を震わせた後で、諦めて答えた。
「……知人だ」
「知人、ですか」
ちっとも知人にするような反応には思えないが、その言いぶりで、ああなるほど、と次官は得心した。
その名の主が、上司の「彼女」なのであろう。
ヘンリックに言われてさりげなくシズレーの様子を探っていた次官だが、定期的にシズレーが懐中時計を気にし続ける一日があるので、その日に彼女に会っていることだけは分かったのだが、名前までは知ることができなかった。
そして、あれ、と首を傾げる。
「破ってしまってよろしかったのですか」
書いているのがヴァレンスだというのは不可思議だが、想い人からの手紙を破り捨ててしまって良かったのだろうか。
「……ユウであるはずがない」
一瞬切なさに滲んだ双眸を宙に漂わせてから、シズレーは切り捨てるように静かに言った。
「おおかた、あのクソ皇子が俺をからかうためにヴァレンス殿に書かせて寄越したものだろう」
「隊長、隊長」
出てます、言っちゃいけない言葉が出てます、と慌てて次官はシズレーを宥めた。いつもの冷静な上司よどうか戻ってきて、と切実に願うばかりである。
それにしても普段行動を共にしている次官ですら知らなかった彼女の名前を、どのようにしてヘンリックが知ったのか、引っかかるものはあったが、ようやく鎮火したばかりの焚火に油をぶっかけて火種を放り込むような真似はとてもできない。想い焦がれるあまりに、シズレーがヘンリックのいるところでうっかり名を呟きでもしたのだろう。
ここで次官がその疑問を口にしていればシズレーも気付いたのだろうが、保身に走った次官が口を噤んだことで、その機会は失われたのであった。
次官がおそるおそる見守る中、シズレーが紙を破かんばかりの筆圧で返事を綴る。そうっと覗き込むと、見慣れた上司の流麗な筆跡とはかけ離れた殴り書きで、一言、こう書いてあった。
『ふざけんな馬鹿殿下』
上流階級の中でも群を抜いて位の高い公爵家の総領が書くような言葉では、まずない。
子供か、と突っ込みたくなるのをぐっと堪えて、次官は遠い目になった。
聞くに堪えなかった呪いの罵倒や「クソ殿下」程ではないが、これも十分に不敬だ。
上司の名誉のためにも訂正させるべきかな、と思いはしたが、次官はまたしても保身を取って見なかったことにした。怒りに我を忘れたほどのシズレーにはもう何も言うまい。妻も子もある次官は、我が身が可愛い。
拗ねた子供のように投げられた封書をすかさず受け取って、次官は丁寧に頭を下げた。
「ではこちらはお出ししておきますね。おやすみなさい」
裏面の署名は第二騎兵隊長名義ではなく、あくまでシズレーの個人名である。
隊が巻き込まれないのならば、もうどうなっても知らない、と諦めの境地で次官は封書を片手に、部屋を辞した。
次官が部屋を辞してからも憤懣やるかたない思いを持て余したシズレーは、遠征中であり明日も演習であることを承知の上で、部屋に置いてあったエールに手を伸ばした。
酒に強いシズレーはほとんど酔わない。一度ユウが手土産に持ってきてくれたニホンシュではやや酔えたが、エールならば何本開けても素面のままだ。
何もない空間を見据えるようにほとんど身動きもせず、静かに杯を重ねていく。その一種異様な光景を隊の誰かに見られなくて済んだのは、シズレーにとっても、そして隊員たちにとっても良かっただろう。
何杯か飲み干した後で、シズレーはようやく細切れに破り捨てた上質な紙を思い出した。
「……ユウ」
次官が口にしたその響きにかっとなって怒鳴りつけたが、あのように激昂する権利など、シズレーにはない。ユウは最後に会ったあの日、シズレーを拒絶した。彼女との間柄を説明するとすれば、それは単に知人としか表せない。
そのことが無性に神経を逆撫でて、酒が進んだ。
「ユウ……」
手紙には『こちらに来てしまいました』とあった。
本当にそうだったならば、どれだけ良かったか。
異界同士にあるユウの部屋とシズレーの部屋は、「キンヨウビ」のごく限られた時間しか重ならない。たったそれだけの時間のために、仕事の都合をつけては急いで帰宅していた日々を思い出す。
ユウの部屋ならば並んで座って、シズレーの部屋ならば向かい合って椅子に腰を下ろして、他愛もない会話を楽しんだ。
ああそう言えば、とシズレーはある日のことを思い出した。
いつだったか、仕事が溜まっているのだと言って、珍しくユウが寝室にまで書類を持ち込んで何やら書き込んでいたのだ。シズレーの世界にはない便利な筆記用具は、インクを途中で付け足さなくとも長く書き続けられるという。『便利なものだな』と感心するシズレーの前で、『一応、生徒の個人情報だからね』と苦笑したユウはすぐに手を止めてしまい、彼女の書き記した内容までは見てとれなかったが、さらさらと華奢な手が紙面を動く様はとても美しかった。
その様子を思い浮かべて、シズレーは、はん、と暗く笑い飛ばした。
仮に本当にユウがこの世界に来たとして、何故ヴァレンスに代筆させる必要があったというのか。彼女本人があの軽やかに動く手で書けば良いのだ。
そんなことも考えなかったのか、とこの企み事を考えついた張本人であろうヘンリックを恨んで、シズレーはまた次のエールに手を伸ばした。
翌日も演習は模擬戦形式で行われ、この日は複数人で一人を取り囲んで効率的に勝利するという演習であったが、その中央に立つシズレーのただならぬ様子に、あたりは昨日同様しんと静まりかえっていた。
彼らの隊を率いるシズレーは年初に行われる武道大会で何度も優勝しているレビネルの英雄とも言える存在であり、常はその恵まれた体格と巧みな剣術で冷静に相手を倒していく男である。
それが、今日はやや血走った目をしている上にほのかに酒の香りを漂わせており、本来ならば指導しながら戦術を教えるはずが、力任せに隊員たちをぶん殴って倒していた。いやいやいや、と突っ込みを入れる隙もない。
「次官、次官! 何なんですか、あの人、あんなんアリですか!」
武闘派揃いの第二騎兵隊の中で、隊長に次ぐ地位にあるが根っからの文人な次官は、部下にがくがくと揺すられるがままだ。
確実に昨日の手紙が尾を引いている。
と言うかザルなくせに翌日まで酒が残っているとか、あの後どれだけ飲んだんだあの人、あと二日酔いのくせにぶっちぎりで強いとかどういうことだ、と問いたいのは次官の方だ。
「あー、まあ……心当たりはなくもないんですが……」
「じゃあ何とかしてくださいよ!」
「無理無理、私なんか瞬殺ですよ」
また一人、剣を持っていない方の手でシズレーに殴られた騎士が、哀れな悲鳴を上げて地に伏している。本来鍛えているはずの彼らは、拳を一発食らったところでそう簡単に倒れたりしないものだが、自制の効いていないらしい隊長の渾身の一発はとても耐えられるものではないらしい。
いつもであればいけ好かない騎士たちが醜態を晒せば冷やかしの声を上げる兵士たちも、蒼褪めてただ見守るしかない様子で、ここ数日関係のぎくしゃくしていたワンダですら、この無双っぷりに唖然として立ち尽くしている。脇で見学していた砦の責任者は戸惑った様子で次官に耳打ちをしてきた。
「あの……いつもこんな感じで?」
「いえいえ、まさか」
断じて違う。これでは単なるシズレーの独壇場である。
訓練ではなく部下で憂さ晴らしをしてどうする、と思いながら、次官は一つ唸って、気の進まない賭けに出た。
すうと息を吸い、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。
「……あ、ゆうさん」
勿論嘘である。
上司に聞こえて欲しいが、同時に我が身が可愛いので聞こえて欲しくもないな、と矛盾することを考えていたが、案の定。
ぴたりとシズレーが動きを止めて、燃えるような瞳で次官を見据えてきた。ここは戦場ではないのに寿命が縮んだ気がした。
「耳聡すぎるでしょう……」
恐ろしく鋭い視線に、思わず両手を上げて敵意がないことを示しつつ、次官はげんなりとため息をついた。こうなることを知った上でからかいの文を寄越してきたのだとすれば、ヘンリックは余程の命知らずか豪胆すぎるのか、紙一重である。
やれやれと肩を竦めながら次官はシズレーに声をかけた。
「……隊長、やり過ぎです」
鬼神の如きシズレーに殴り飛ばされた騎士たちが低く呻く中、姿勢よく立つ彼を見て、あーもーほんと、いつもの隊長戻ってきて、と願わずにはいられない苦労人であった。
あまりの事態にざわつく周囲を宥めつつ、水の入った椀をシズレーへ渡していた次官は、ふと観衆の中に気にかかるものを見つけてそちらを盗み見た。
騎士と兵士二人が並んで立っている。ただそれだけのことであったが、そのこと自体が異様なのだ。
他の隊でも同様のことだが、その多くが貴族で成り立つ騎士と、平民の混じる兵士は概して反りが合わない。中には貴族出身の兵士もいるが、あまり身分には恵まれず、騎士に引け目を感じるのか行動を共にすることは珍しい。
「……」
偶然だろうかと思ったが、三人が声を潜めて話す様子でやはり妙だと感じた。
次官はシズレーに比べれば長く第二騎兵隊に所属しているため隊員の多くを知っているが、その次官でも顔と名前が一致しなかった。兵士はまだしも三人のうちの騎士ですら、である。最近入隊した者だろうかと見当をつけて、念のためにとその人相を頭に叩き込んだ。
こんな時、昨日シズレーが語ったような個人名簿があれば、と思う。だがないものは仕方がない。
せめてもの手がかりになれば、と皇都から隊員名簿を取り寄せることにして、次官は彼らから目を離した。