アルフィーユの王都アルフィスよりも馬で数時間かかるほどの距離に、白一色の大きな神殿がある。
 古くからある荘厳なその神殿には、命を司ると言われる巫女がおり、創造主の女神に祈りを捧げ、いつもはひっそりと静まりかえっている。
 けれどいつもと違い、今日は騒然としていた。
 険しい表情の神官に混じり、男子禁制となっている神殿では通常見られない、男性の騎士が警護のために見回りを行っている。
 厩舎に入りきらないほどの馬がぶるると鳴く声が大きく聞こえた。

 神殿の最奥に、巫女のための部屋がある。
 巫女とその友人の笑い声の絶えないその部屋は、今日は外の様子とはうってかわってひどく静かであった。
 中には三人の人影。
 内一人は、神殿の雰囲気と何ら違和感のない真っ白な巫女の衣装を身につけ、長い髪を結い上げたこの部屋の主だった。彼女は自分で淹れた紅茶を片手にソファに深く腰掛けてくつろいでいる。
 その隣に座っているのは、ヴェールを目深にかぶった女性だった。ヴェールは透けるものではなく、白のもののため、彼女の表情をうかがい知ることは出来ない。けれど彼女も、部屋の主である巫女同様に、カップを片手にどこか悠然としていた。ナツミという名の彼女は巫女の友人であるため、こうしたところにいても緊張しないのである。
 が、最後の一人だけは事情が事情のため、彼女らとは対照的に緊張でがちがちに固まっていた。
 彼女にとって、目の前にいる巫女といえば、女神に最も近い人物であり、普通の人間であれば生まれてから死ぬまで決して直接見ることのない存在なのだ。
 勿論彼女も、巫女に直接会うなど、初めてのことである。

 こく、と飲んだ紅茶のカップをソーサーに戻し、姿勢を正したフェデリアは改めて目前に座る女性を見た。
 肩までの薄茶の髪に、モスグリーンの知性的な瞳。フェデリアよりも一回りほど若く見える。
「……ティセルさん、でしたね?」
 尋ねる、というよりは話を促すような言い方に、固まっていた彼女は慌てて背筋をぴんと伸ばし、はきはきとした声で答えた。
「はい。お初にお目にかかります。ティセル・チェカルト・ジェナムスティと申します」
 名乗られたフェデリアは、けれど名乗り返さなかった。神殿の巫女は通常「巫女」という敬称で呼ばれるため、個別の名称は必要ないのである。
 そう、とにこりと笑み、フェデリアは口調を崩した。
「それで、ここまでたった一人でどうやって来たの?」
「ある方が助けて下さいました。追っ手を足止めして、馬を貸してくださったんです。馬術の心得も少しばかりあったので、何とか国境を越えることができました。こちらは、わたしが越えた国境から太陽の上がる方向に真っ直ぐ進めば着く、と教えていただいていたので……」
 言葉に詰まることなく、経緯をざっとまとめて話し終える。
 フェデリアはふうんと感心したようなため息を漏らし、それで、と首を傾げた。
「その助けてくださった方というのはどなたかしら?」
「フェデリア」
 微笑つきの問いに、フェデリアの隣に座っていたナツミがたしなめるような口ぶりで彼女の名前を呼んだ。
 フェデリアは分かっているはずなのである。神殿の巫女であるフェデリアは驚くほどの情報網を持っており、諸国の事情にも通じている。知っていてそれを問うのは、意地が悪い。
 けれどフェデリアはすました顔でナツミの諫めを聞き流し、続けた。
「教えていただけるかしら? ――『第七妃殿下』」
 そう呼ばれて初めて、ティセルはフェデリアの意図に気がついた。

 フェデリアは、ティセルを試しているのだ。
 ティセルが本当のことを言うのか、言わないのか。

 きゅっと唇を噛み、ティセルは小さく息を吸った。
 王の妃は王を支え、助けるもの。決して王の威厳を崩すようなことをしてはならない。
 叩き込まれた常識が、これは王への反逆なのだと警笛を鳴らす。
 けれどティセルは毅然をフェデリアの目を見つめた。

「ジェナムスティ王の副官にして唯一の側近、デノン・シェイアです」

 その言葉が意味するのは、裏切り。
 副官にそむかれたという、王にとっては不名誉なことを、ティセルは迷いなく口にした。その瞬間、彼女は妃であることをやめた。
 第七妃殿下。
 ジェナムスティ国王の八人の妃の内、最も若い七番目の妃。
 彼女は、ジェナムスティを捨てたのだ。


 あの薄暗い王城から逃げだそうとした。あのまま王城に留まっていたのでは、取り返しのつかない戦争が始まってしまうと分かっていたから、そこから逃げだそうとした。逃げ出して、そして内側から変えられなかったジェナムスティという国を、外側から変えようと思った。
 けれどそれは反逆行為。
 王に付き従う妃がしてはならないこと。
 だから、近衛騎士に追われた。
 何人もの騎士に追われ、王城から抜けることさえもできないのだと絶望しかけたその瞬間。
 突然現れたのが、デノンだった。
 氷の副官と恐れられる彼は、あっという間にティセルを追っていた者を一掃した。血の滴る剣も、倒れていく騎士も、まるで踊りを踊っているかのように剣を振る彼も、何もかもがあまりに突然で、ティセルはただ呆然とそれを最後まで見届けた。
 不思議と恐怖は湧かなかった。
 たとえデノンの剣にかかり、最後に血だまりに倒れるのが自分自身であったとしても、後悔はしないだろうと思った。
 けれど彼は、血と脂で使い物にならなくなった剣を鞘に収め、無傷のティセルに膝を突いた。
 恭しくこうべを垂れ、行きなさい、と城から出る抜け道を指した。
『……どうして?』
 どうして助けたのか分からなかった。
 ティセルは妃でありながら、彼の主であるティオキアを、国を、捨てようとしたのだ。
 隻眼の副官はにこりとも笑わず、ティセルを見上げて言った。
『その答えはご自身で見つけるべきです、妃殿下。もうあなたは分かっておられるはずだ』
 戦争を止める方法など、具体的には何一つ分からないのに。
 分かっているはずだと言われても、ティセルは分からなかった。
『さあお行き下さい。あなたが、この戦いの犠牲になられることはない』
 一国の妃が。王と共に生き、国と運命を共にする妃が。
 けれど、犠牲になるべきではないのだと。
『あなたのせいではありません』
『……っ!』
 その瞬間に、息が詰まった。
 慎重に息を吐き出し、強ばった肩の力を抜き、違うのだとゆるく頭を振って。
『……ありがとう』
 そしてティセルは彼に背を向けた。


 真実を紡いだティセルの言葉にフェデリアは笑み、ナツミはほっと小さく安堵の息を漏らしていた。
 その反応に、自分の選択は間違っていなかったのだとティセルもほっとする。
 それでも、国を裏切ったのだという一抹の後ろめたさが消えることはなく、ティセルはうつむいた。
 フェデリアとナツミはちらりと互いを見交わし、そしてナツミが動いた。
「話してくれて、ありがとう」
 初めてフェデリアにではなくティセルへと言葉をかけ、うつむくその頬に手をあてて、そっと上向かせる。
 ティセルはされるがままに顔を上げ、ナツミの顔を見た。その瞬間にはっと瞠目する。
 ナツミはずっとヴェールをかぶっていたから、ティセルはこうして下から見上げて初めて彼女の顔を見たのだ。その、目の前にある瞳の色は。

「まさか……っ、あ、あなたは、預言さ――」

「違うわ」
 最後までティセルが言い切る前に、ナツミではなくフェデリアの声が静かに遮った。そこに焦りや怒りはない。
 詮索してはならないのだという静かな響きに、ティセルは表情を硬くして頷いた。
 話題の中心となりかけたナツミは、フェデリアに向かってふふっと笑った。
「心配性ね、フェデリア」
 言って、少し寂しそうに視線を落とす。
「大丈夫。……誰も、信じない」
「……ナツミ」
 何と答えたものか、巫女とあろう者が分からず、フェデリアはそっとため息を漏らした。
 確かに誰も信じないであろう。
 けれどそれを彼女自身が口にするのは、希薄な存在なのだと呟くのは、切ない。
 唇を引き結び、フェデリアはティセルに向き直った。
「……事情は分かりました、第七妃殿下。手配しますので、どうぞおくつろぎ下さい。決して今の話、他言なさらないよう……」
「……はい。あの城を出た時から、覚悟はしていました。この先どうなろうと、わたしは後悔など致しません」

 国を捨てた者だから。
 誰にも頼ることはできない。顔色を窺うようにして挨拶をしてきた貴族たちももうあてにはできない。自分の、生まれた育った本当の国でさえも。

「そう」
 最後は口調を戻してにっこりと笑うと、フェデリアは三人分のカップに紅茶を注ぎ直した。
 フェデリアの入れた紅茶は優しい味がする。以前にナツミが思ったことを、ティセルもまた思った。
 女神に最も近い人間離れした彼女。
 けれどその彼女の入れる紅茶は、まるで彼女そのもののように人の優しさを感じさせる。
 カップを持ち上げ、ティセルは胸いっぱいにその香りを吸い込んで笑顔を浮かべた。
 温かい。どうしてだか、励ましてくれるような気がした。
 まだ、遅くはない。きっと何かを、変えることができる筈だ。






 人の身でありながら女神に仕える巫女の血を継ぐアルフィーユ国王は、隣を楽しそうに歩く少女を見て、母譲りの青い瞳を細めた。

 二人が歩いているのは王都のほぼ中心にあたる。
 南を向けば丘の上には王城が見え、北には大運河が流れている。王城を出て丘を下ったあたりから運河までが王都にあたるのだが、一括りに王都と言っても場所によってその雰囲気は異なり、王城のある南のあたりは貴族の屋敷が建ち並ぶ厳粛な区域であるが、北や、今二人がいる中央のあたりは商店や市民の住居が並んでいる比較的開放的な区域である。
 花祭りの時に出歩いた時とはまた違う都の雰囲気に、凛華はあたりを見回しては何かしら感動したように笑み零れている。
 セシアの方もどこかくつろいだ様子で、どう見ても王都の視察といったような仕事をしているようには見えず、護衛もつけていない。
 ただ純粋に、遊びのために出歩いているのである。
 但しこっそりと仕事から抜け出しているわけではない。
 日々国王が決裁しなければならない書類は多いが、一日分の分量はある程度定まっているため、セシアは午前中の内にその全てに目を通し、終わらせたのである。文句を言わせないとばかりに次々と仕事を片付けていくセシアを見て、彼の副官は苦笑していた。セシアはその容姿に似合わず結構頑固なのである。
 そうして決裁済の書類を積み上げた国王は、悠々と執務室から抜け出し、「変装」して凛華を連れ出したのだった。

「リンカ」
 セシアが呼ぶと凛華は顔を彼の方へと向け、首を傾げる。
「なあに?」
 名前を呼ぶ相手が、そして呼べば返事をしてくれる相手がいることが、これほどまでに嬉しいとは思わなかった。
「疲れてない?」
 王宮から王城を抜け、そして王都に至るまでずっと徒歩だった上、王都についてからもこうして歩き続けている。
 凛華が履いているのは、苦手なかかとの高い靴ではないようだが、それでも「デートですね!」と張り切ってベルが用意したらしい華奢な造りのサンダルは歩き回るためのものではないから、足が疲れたのではないだろうか。
 そう思って声をかけたのだが、凛華はにこりと笑った。
「大丈夫っ。人ってね、少し疲れるくらいに動いた方がいいんだよ」
 これも父親からの受け売りだ。
 凛華はここのところ王城内に籠もりきりで、国王であるセシアも滅多に外には出ないので、確かに足が少し疲れているような気がするが構わないのだ。
「……それもそうだ」
 もっともな凛華の返事にセシアも笑った。
 二人はどこからどう見ても仲の良い恋人同士にしか見えないかったが、そのすぐ後に凛華がぷっと吹き出し、甘い雰囲気は崩れた。
「どうかした?」
 セシアから顔を逸らし、凛華は肩を小刻みに震わせている。笑うのを堪えていたようだったが、すぐにくすくすと堪えきれない笑い声が上がった。

「……髪の色が全然違うから……っ」

 目尻に浮かんだ涙を指先で拭ってから凛華はセシアを見て髪を指した。
 なるほど、とセシアが自分の前髪に触れる。瞳と同様にやはり母親から譲り受けた銀髪は、今は銀には似ても似つかない茶色であった。
 銀髪はどちらかというとアルフィーユよりも更に北方の国に多い色であり、アルフィーユでは珍しい髪色である。加えて青い瞳、となれば、王族か王家に縁のある貴族に限られてくる。凛華ほどではないがそれなりに目立つ風貌を、セシアはお忍び用にごまかしたのであった。
 凛華はというと、こちらは染め粉と呼ばれる髪染めの粉を使ってもごまかせない深い黒髪であるから染めることはせず、リーサーが結ってくれた髪を隠すようなつばのある帽子をかぶっているだけである。
 未だくすくすと笑っている凛華に、セシアは困ったように笑いながら尋ねた。
「似合わない?」
「ううん。綺麗」
 即座に答えが返ってくる。
「綺麗?」
 セシアは彼女の返答に不思議そうに首を傾げた。綺麗というのは女性への誉め言葉であり、面と向かってそんな風に誉められたことはない。男性に使うのは多少失礼だとされているからだ。けれどためらいのない凛華の誉め言葉は何だか嬉しく、くすぐったい気持ちになる。
「何だか別の人みたい。……でもね、セシア、わたしといたら分かっちゃう気がするんだけど……」
 自分の前髪と目を指して凛華がいたずらっぽく笑った。
「……ああ」
 確かに帽子で隠れているとは言っても、そこから覗く髪色は黒だし、瞳の色は漆黒だ。
 この国には、この世界には、黒を持って生まれる人間はいない。フェデリアの預言は大陸中に広まっており、黒い瞳の人間がどういった人であるのか知られているのだ。
 幸い人混みの中ではわざわざ凛華の瞳をのぞき込もうとする者は今のところいないが、それでもばれないという保証はない。
 そしていくらセシアが銀髪を隠しても青い瞳だけは隠せないため、よく見れば国王だと分かってしまうかもしれない。
 国王と「預言された少女」が揃っているとなれば騒ぎになってしまうだろう。それは少しいただけない。

 凛華の返答にしばらく黙り込んでから、セシアは少し気まずそうに言った。
「まあいいよ。他人のふりをすればいいんだし」
「……するの?」
「いざとなればね」
 凛華がまた軽く笑い声を立てる。一度見たら忘れないほどの整った顔をしている人はそうそういないだろうから、きっと他人のふりをしても無駄だろう。
 けれど、セシアがだんだんと素のままの彼を見せてくれているようで、嬉しかった。



 二人で食べた昼食は美味しかった。
 やはり凛華は、王宮でひっそりと食べるよりも、誰かと一緒ににぎやかな中で食べる方が同じような料理でもより美味しく感じられると思う。
 悪い気がしたけれどあいにくアルフィーユの通貨を持っていない凛華は、結局セシアの言うとおり、彼に払ってもらわなければならなかった。ちゃんと返すと言ったのに、彼は笑うだけで取り合ってもくれなかった。以前イヤリングをもらった時と同じだ。
 多分、欲しいものがあるのだと言えばセシアはぽんと金銭をくれるだろうけれど、それでは意味がない。
 先に出ていてと言われたので大人しく店先でセシアを待ちながら、凛華は少し拗ねたように唇を尖らせた。
 凛華の手持ちと言えば、アルフィーユに来てしまった時に持っていた学生鞄の中にある財布に入れたままの、日本の貨幣だけである。宝石の類はたくさんあるが、それもベルたちから、というよりはおそらくセシアから出されているものだから、自分のものではない。
 勤労学生だった凛華は、働かねば、と密かに闘志を燃やした。
 そう言えばアルバイトの情報誌のようなものはこちらにあるのだろうかと、そんなことを考えた矢先、ありがとうございますという店員の声と共に、セシアが出てきたので凛華は考えるのをやめた。
「お待たせ」
「ううん」
 行こうか、と凛華の手を取り歩きだそうとしたセシアは、けれど次の瞬間、通りの向こうに見えた人影に足を止めた。
「? セシア?」

 ──どうして。

 この世界の人々は目が良く、例に漏れず目の良いセシアは、一瞬自分の見たものを疑った。
 視線を落とし、隣に凛華がいることを確認する。クエスチョンマークを浮かべて見上げる凛華は、間違いなくここにいる。
 もう一度通りの向こうへと視線をやる。

 淡い色の服が、ふわりと揺れた。

「……まさか」
「え、なに? どうしたの?」
 建物の影に入っていく一人の女性。
 まさかとは思うが、今、見たものは。
「セシア?」
 突然のセシアの反応の意味が分からずきょとんとしている凛華を見下ろし、セシアは繋いでいた手を離して彼女の肩に手を置きながら言った。
「リンカ、ここにいて」
 本当は連れて行った方が良かったのかもしれないけれど。
 まず確かめておきたかった。
「え? ええっ?」
「すぐに戻るから」
 セシアの目には人を従わせる力があると凛華は思う。
 どれだけ慌てた状況でも、セシアにじっと見つめられてしまったら、いつの間にか頷いてしまった。
 ぽんぽんと肩を軽く叩かれて、そのままセシアが通りの方へ早足で向かっていくのを凛華はしばし呆然と眺めた。


 取り残された凛華は首をこくりと傾げ、それから自分のいる場所が店の入り口だということに気付いて慌てて移動する。そのままそこにいたのでは商売の邪魔になってしまいそうだった。
 なるべくその場から離れないようにときょろきょろとと辺りを見回すと、低めの塀があったのでしばらく貸してもらうことにした。
 ちょこんと腰掛け、空を見上げてぽつりと呟く。
「どうしたんだろ」
 待っていろと言われたのでこの場を動くつもりはないが、先ほどまですぐ傍にあった温かさが今はもうないことが、少し寂しい。
 せっかく二人きりなのに。
 思わずついて出そうになった言葉を、ため息に変えて空気に溶かした。
「ティオン、どこに行ったんだろうなあ……」
 セシアがいない時は寂しくなる。こんな時、ティオンがいてくれれば良かったのに。
 最近は鳥笛を吹いてもあの真っ白い小鳥が現れる事はない。どうしたのだろう。この笛の音が聞こえないほど遠くまで飛んでいっているのだろうか。前はずっと傍に居てくれたのに。
「会いたい……な」
 このまま父親の時のように会えなくなってしまうのは嫌だ。

 セシアはどれくらいすれば戻ってくるのだろう。



「すみません、通して下さい」
 そう声をかけ、セシアは人通りの中へと入った。
 活気溢れるこの街のこの時間帯はかなり往来の人々が多い。
 走ってきてぶつかった小さな女の子にごめんと謝って立たせてやりながら、セシアは先ほど淡い色の服が消えた影を見ていた。やっと通りを抜け、建物の方へと進んでいく。

 淡い色の服。
 ヴェールから覗いた、色。

 もしあれが、自分の目が見せた幻でないなら。本物なら。
 あの髪は。

(リンカと同じ色、だ)