ベルの言った通り、王城も花祭りで賑わっていた。
 いつもはどこか静寂感のある王城でもこのような祭りの時だけは違うのだろう。そこらに庭師ご自慢の花が飾られ、城にいる女官たちのほとんどがフィアラの花冠を頭につけたり、花を髪に挿したりしていた。楽しそうだ。
 凛華が大広間に入ると、セシアやフェルレイナたちが最奥の最も華やかな所で談笑しているのが見えた。どうやらお忍び好きの王女様は国王陛下に見つかって城に帰らざるを得なかったらしい。

「ひどい、お義兄さま。もう少し遊びたかったのに」
「フェル……王女の自覚ある?」
「あるわけないじゃない」
 何故か胸を張って自信満々に笑うフェルレイナに、セシアは苦笑した。
 だが確かに、彼自身だって国王の自覚がはっきりとあるわけではない。さすが兄妹と言ったところだろうか。考え方は似ているのだ。
「別に毎日城に居ろとは言わないけど。こういう公的な行事の時くらいは王族らしく振る舞いなさい」
「はーい」
 義兄のお小言に間延びした返事をしてから、フェルレイナはセシアに笑いかけた。
 純粋に義兄を慕う笑顔。

 それを遠くから見ていたベルの顔にほんの少し寂しそうな表情が浮かんだことに気付き、凛華はそれに気がついていないふりをして明るく言った。
「ベル、大分動いたから、それ崩れちゃいそうだよ」
 フィアラの花冠を指して言う。
 ベルは自分がぼうっとフェルレイナの表情ばかり見ていたことにやっと気付き、それからにこりと笑った。
「本当ですわね」
 髪に手をやって確かめる。凛華の言う通り、色々と動き回ってばかりいたので、花冠は所々花が抜け落ちてしまっていた。
 同じくらい、いやそれ以上に動き回った筈の凛華の花冠は少しも崩れていない。
 不思議ですわねとベルは内心で苦笑し、花冠を外した。

「ん……はいっ」

 凛華が自分の頭から花冠を取って、ベルの頭にふわりと被せた。
 ベルが、驚く。
「え……。リンカ……?」
「わたしよりもベルの方がそれ似合うから」
 にこっと笑って凛華が「あげる」と言った。あげるも何も、本来これはベルが凛華のために作ったものであって、決して凛華自身のものではなかったのだが。それでもベルは嬉しそうに笑った。
 この主は、いつだってそうだ。
 一介の侍女風情にまでもこうやって気を遣ってくれる。
 だから、こんなにも嬉しくなる。
「……ありがとうございます、リンカ……」
 彼女は気付いていないのだろうか。
 たった一言が自分をこんなにも喜ばせていることに。
 瞬間見せる、あの光そのもののような笑顔が、こんなにも自分を惹きつけていることに。

「多分気付いていらっしゃらないんでしょうね」と心の中で呟いて、ベルは少しずれていた白いフィアラの花冠を正した。
 何故だか彼女の明るさと元気を分けてもらったような気がした。



 大広間の中央へと進め、凛華はベルに勧めてもらったフルーツやサラダを存分に楽しんだ。肉料理も美味しい。今日は調理師も随分と張り切っているようである。いつもより大量の食事と、その美味しさに凛華は思わず笑顔を浮かべた。
 中でも苺によく似た味のする瑞々しいフルーツが特に美味しい。
「美味しいねえ、これ」
「それはよろしゅうございました。この辺りの名産なんですわよ」
 それならまたこの味を楽しめそうだ。
 ご機嫌だった凛華はふうんと嬉しそうに言った。


 苺の味のするフルーツが気に入ったのか、ぱくり、ぱくりとそればかり口に運ぶ。いい加減口の中が甘ったるくなってきて凛華はやっと手を止めた。
 何かすっきりとした飲み物でも飲みたい、そう思って視線を奥の方へとやると目が合った。
 セシアだ。
 国王の正装をしている彼が、王都で会った彼とは少し別人のように見えてしまうのは何故だろう。
 真っ直ぐに自分に向かってきているのに気付き、慌てて凛華は逆にセシアの方へと足を向けた。
「リンカ、少し時間もらえる?」
「う、うん」
 凛華が急に歩き出したことに驚いていたベルがその行き先にいた人物を見てほっと息をつき、ぺこりと頭を下げた。
「ではわたしは外しております」
 ベルがその場から離れるのを見送って、凛華がセシアの方を向いて口を開いた。

「何か、あったの?」

 あまり彼に直接話を持ちかけられることはない。
 一体何なのだろうか。
 セシアは周りを伺うかのようにすっと視線を横に滑らしてから、大広間の中央にはあまりにも人が多いことを見て取り、テラスの方を指差した。
「できれば向こうで」
「? うん」
 凛華は不思議に思ったものの、セシアの表情が真剣なものであったのを見て素直に頷いた。セシアの青い瞳にはどこか人を従わせる力があるみたいだと感じた。



 テラスに出ると、人の集まる大広間の中央部よりも随分と空気がひんやりとしていた。昼間、外で着ていた服のままだったのは失敗かもしれない。少し寒い。けれど耐えられないほどではない。
 目の前にいるセシアを見たが、彼は寒そうな表情一つ浮かべていなかった。
「……何か、あったの?」
 再び同じ言葉を口にする。
 セシアは一度目を閉じ、それから静かな声で言った。

「……マチェスの国王が代替わりをしたんだ」

 それは事実だけ。飾りのない真実だけを告げる言葉。
 セシアは事実を隠そうとしない。きちんと事実を教えてくれる。真っ直ぐで簡素な言葉から内容を理解するのに、そう時間はかからなかった。
「マチェス……が?」
 その国の名前を聞いて頭に思い浮かび上がるものは、ここに来てからセシアに教えてもらった情報だ。
 マチェスは学問に長けるだけの小さな国だった。
 目立った特産品もなければ、観光に値するような場所もない。
 十年以上もの長い間、アシルという老年の国王が統治している国で、長い歴史の中で百年以上前から中立国を宣言している。アルフィーユともジェナムスティとも戦を交えず、通商のみを平和に行っていた国だったはずである。
 中立というものは簡単なようで実は難しい。どちらにも波を立てないように、どちらからも利益を得られるように。それでもマチェスという国は人々の気性が穏やかな国なのか、敵視されずどこの国ともこの百年間争いはなかった。

「新しい……王……は?」

 悪い、予感が。

 大抵自分の悪い予感は当たってしまうことを知っていた凛華は、震えそうになる声を必死に絞り出した。
 出来れば当たっていて欲しくない。
 中立国だったマチェスの国王が代替わりをした。そして次の王も中立を保つつもりならいいのだ。けれどこうやってセシアにこのことで話しかけられるということは。
 セシアが少し気難しげな顔をして短く告げる。


「前王の弟で、ジェナムスティ側につくそうだ」


 ──当たって、しまった。

「……っ」
 言葉が出なかった。
 何と言えば良い?
 思ったことを言葉にするのはあまりにも難しくて。

 結局凛華は何も口にすることができなかった。そんな彼女を見てセシアが眉をひそめる。
 彼女には知る権利があるのだと、分かっていた。分かっていたからこうやって本当のことを伝えた。
 けれど。彼女にこのことを告げるのは本当に良いことなのだろうか?
 やっと声も治って元気になったのに。
 こんな、また、血なまぐさいどろどろした話を。
 けれど話さないわけにはいかない。
 伝えられる全てのことを彼女に伝える。そう最初に決めたのは自分だ。ふうと息をつき、セシアは考えをまとめた。

 決めたのは自分だけれど。守りたいと思ったのもまた自分。
 きちんと全てを伝えた上で、安心させたい。


「マチェスの使節が来て……会談で聞いたよ。アルフィーユとの和平同盟を破棄して、ジェナムスティ側の国になった。アルフィーユは今後一切マチェスに援助を行わない。マチェスがジェナムスティと軍事同盟を結んでも干渉しない」


 凛華が俯いてしまう。
 彼女はきゅっと唇を噛んでいた。

 こんなの、知らない。
 自分はただの女子高校生で。戦争がないといわれる日本で生まれてそして育って。こんなこと、何も知らなかった。
 ただティオキアに戦争をやめてもらえば良いとばかり思っていた。そうすれば全てが円満に終わるのだと。
 甘かった。自分の考えは、甘い。
 この戦争はジェナムスティの兵士を止めるだけでは終わらない。根本から解決しなければ、同じことが延々と続くのだ。調子に乗って戦争を止めると宣言したくせに、本当は、何も分かっていなかったのではないだろうか?

 悔しい。
 誰の役にも立てない自分が恥ずかしい。
 何かをしたいのに。泣いている人を見たくないのに。

 自分は、何も。



「そう……なんだ……」
 理解の範疇を超えてしまった。自分の無力さが悲しくて、凛華はそれだけしか言えなかった。
 所詮自分はただの女子高校生だったのだ。何も出来ない。見ていることしかできない。
 セシアの顔を見ることができなかった。彼はこの国の王で、全てを自分の手で解決しようとしていて。自分のように無力な子供ではなくて。本当に手の届かない人なのだと思った。

 彼からの視線を避けるようにテラスの外へと目を向ける。
 少し遠くに見える王都の大通りはまだ人で賑わっていた。花祭りの熱はまだ冷めない。それなのにどうしてだか、自分が一人で置いていかれたような気がする。
 遠くを見つめる凛華の表情は寂しそうで、ともすると一瞬にして消えてしまいそうなほど儚かった。

 そんな顔を、しないで。
 どうか笑って。

 手放したくない。そう思った瞬間セシアは思わず手を伸ばしてしまっていた。
 彼女の手を引いて顔をこちらに向かせる。
 驚いた表情の彼女。これ以上触れてはいけないと思っていたのに。
 彼女の髪は柔らかそうで。
「セシア……?」
 手を引かれたと思ったら、セシアに髪を触られていた。決して嫌な感じはしなかった。ディーンに髪を触られたことを知った時はあれほど嫌悪感が湧いてきたのに何故だろう。セシアに触れられるのは嫌ではない。

「護るから」

 ほんのりと頬が赤くなるのに気付いたけれど、セシアの言葉に耳を傾ける。
 少し掠れていたその声はこちらがどきまぎしそうなほど、心地良い声だ。
「……え?」
 凛華が何とかごまかそうと声を出して、彼を見上げる。
 サファイアの瞳を真っ直ぐに見てしまい、更に頬の熱が上がった気がする。
 けれど目をそらしたくはなかった。
「護るから……。もう前みたいにリンカに危害は加えさせない。絶対に、させない」
 こんな言葉で彼女の不安が全て取り除くことができるとは思わないけれど。
 少しだけでも安心してくれれば。少しだけでも笑ってくれれば。それで良い。


 マチェスがジェナムスティについたということは、もしかしたら以前のように凛華に危害が及んでしまうかもしれないということだ。
 凛華はもう二度とあんな想いをしたくなかった。自分を助けようとしてくれた大切な小さい命すら助けることができなかった。忘れたいと思っていたことばかりが心の中によみがえってきた。そして声を出すことすらできなくなってしまった。
 セシアやロシオルがいてくれなければどうなっていたか分からない。
 怖い。また同じようなことが起こると思うととても怖い。

 けれど。
 大丈夫。大丈夫だ。


 ふっと、父親の笑顔が見えたような気がした。そんなことがある筈はないのに、嬉しくなってしまう。
『頑張れ、凛華』
 いつも心の支えとなってくれた優しい父親。頑張れと、言ってくれる。
 その隣にいるのは、皺をより深く刻んで笑う祖父。
『凛華は祖父ちゃんの自慢の孫娘なんじゃから、自分に負けるな』
 筋張ったその手はけれどとても力強くて。負けるなと言ってくれる。

 そしてその父親の傍に光見えたような錯覚を覚える。
 人?
 幻のように目の前に浮かぶ情景。更には逆光ではっきりとしない。
 凛華は必死に目をこらそうとした。自分によく似た長い黒髪。柔らかく笑うその人。

『凛華ちゃん………』



「リンカ?」

 かけられたセシアの声に凛華がはっとする。
 心配そうに自分を覗き込むセシア。彼に気付き、凛華は再び誤魔化すかのように笑った。
「何でもない。ありがと、セシア。王様が護ってくれるなら心配ないねっ!」
 にこっと笑う凛華を、セシアは目を細めて優しく笑いながら見つめた。
「命を懸けても護ります、姫君」
 凛華の手をとってセシアが手の甲に軽くキスを落とす。
 ほんの冗談のつもりだったけれど、途端に凛華の頬が夜目にもはっきり分かるほど真っ赤に染まった。
 彼女は驚くほど純情だ。こんな些細なことにもここまで素直に反応する。
「はは、リンカ真っ赤だ」
 ひどく面白そうにセシアは笑った。
「セ、セシアのせいだよっ! それに国王陛下が簡単に命なんか懸けちゃだめだって……っ!」
 真っ赤になったまま凛華が右手をぶんぶんと振る。恐らく照れ隠しなのだろう。

 彼女を護ってあげたい。
 二度と傷つかないように。二度と声をなくしたりしないように。
 この、手で。


 テラスで二人のやりとりは絶えることなく続くかと思われたが、それは可愛らしい声によって遮られた。
「お義兄さま!」
 セシアと凛華が振り返る。焦げ茶の髪を三つ編みにしたままのフェルレイナがそこにいた。
 それほど派手なデザインでないその服装を見た凛華は、気付いた。きっとこの格好は彼女なりに考えたのだろう。王城ではなく普通の人の溢れる街で今の彼女を見れば、普通の街娘にしか見えない。
「どうした? フェル」
 セシアが義妹や凛華にしか見せないような穏やかな笑顔を浮かべる。
「アイルが探してたわ」
「ああ、ありがとう」
 フェルレイナの頭を撫でてから、セシアはテラスから大広間へと戻った。
 振り向いて、凛華に「まだ赤いよ」と声をかけて軽くからかって。


 テラスにフェルレイナと凛華の二人だけが残った。
 凛華が先ほどよりも更に焦る。
 フェルレイナは、まだ少し苦手だ。彼女と二人きりというこの状況は、セシアと一緒にいるよりももっと緊張する。
 そう思って凛華がテラスから離れようとするのだが、フェルレイナはその焦げ茶色の瞳でじっと凛華を見ているので彼女は動けなかった。
 気まずい。何か話をしなければ。
 そうは思っても気の利いた台詞が思い浮かばない。人間はパニックになると頭が真っ白になるというのは本当のようだ。
「リンカ」
「は、はい!」
 フェルレイナに声をかけられ、凛華はびくっと傍目にも分かるほど驚いた。
 少しびくびくしながらフェルレイナの方を見ると、彼女はセシアに見せていた笑顔とは全く違う無表情な顔で凛華を真っ直ぐ見つめていた。いつも、凛華はフェルレイナにこの表情で睨まれる。
 セシアを、彼女の大切な義兄を、凛華が取ってしまうと彼女は思っているのだろう。
 怒られるのだろうか。
 そう思い、凛華は緊張する胸元で手を握った。
 がちがちに固まっている彼女をしばらく無表情で見つめた後でフェルレイナは小さく笑った。
 フェルレイナが、初めて凛華に見せる笑顔。
 凛華はきょとんとしてしまった。セシアにしか笑顔を見せない王女。その王女が何故自分を見て笑顔を浮かべているのかが分からなくて、首を傾げる。

「そんなに固くならないでよ。お礼を、言おうと思ったんだから」

 そう言ってにこりとフェルレイナが笑った。
 先ほどまでの無表情で見つめてくる顔や、以前の睨み付けるような顔ではなく、子供のようにくすくすと笑う顔。これが素のフェルレイナなのだと凛華にも分かった。
「お、お礼ですか?」
 フェルレイナにお礼を言われるような事をした覚えはない。
「そんなことした覚えがない、って顔してる」
 思ったことを言い当てられて、凛華が目を見開いた。フェルレイナの観察眼は鋭い。
「でも、してるのよ」
 何を言われているのかさっぱり分からない。ここ最近はフェルレイナに会っていなかったのに。一体自分は何をしたというのだろう。
 フェルレイナは嫌みげなく王女様然とくすりと笑い、凛華の耳元にそっと囁いた。
「あのね、一つ、教えてあげるわ」
「え……?」
 囁かれた言葉は。
 ひどく、幸せそうだった。

「――――」

 凛華が驚く。本当に自分よりも年上なのかと疑ってしまうくらい純粋な彼女は漆黒の目をぱちぱちとさせていた。
 フェルレイナは彼女から身を離し、もう一度にこりと笑った。
「ありがとう……リンカ」
 手を振り、フェルレイナが三つ編みを揺らしながら元の大広間に戻っていく。

「……え?」

 凛華は、首を傾げたままその場に立っていた。




 まだ話しているのだろうかとテラスの方へ視線をやったベルは、一人で立っていた凛華に気付く。そう言えばセシアはもうそこにはおらず、既に大広間の方へと戻っていた。
 どうしたのだろうか。気分でも悪くなったのだろうか。
 少し慌てながら主の元へと急ぐ。
「リンカ?」
「あ……ベル……」
 凛華の声までがぼうっとしていた。
 が、ベルはそんなことよりも、本当に気分でも悪いのだろうかと心配そうに尋ねた。
「どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない。……お腹すいたね」
 最後はにこっとベルに笑いかけて凛華が言う。どうやら気分が悪いのではないらしい。
 ほっと胸をなで下ろし、ベルも笑顔を浮かべた。
「あ、はい。ではご用意いたしますね」
「ありがと。わたしも手伝う」
「ええ……ではお願いしますわ」
 テラスから大広間に戻る前に、凛華は一度振り返った。

 先ほど見えたあの光は何だったのだろう。
 結局ははっきり見えなかった人影。
 あれは一体誰だったのだろうか。もう光は見えなかった。



「リンカ?」
「……あ、ごめん。何でもない」
 不思議そうな表情のベルにぱたぱたと駆け寄り、凛華はもう振り返らなかった。

「あのね、ベル」
「はい?」
「さっき、王女と話したよ」
 ベルから受け取った飲み物をこくりと飲み込み、凛華は思い切ったようにそう言った。
 予想通り、振り返ったベルはとても驚いた顔をしている。
「……何をお話になられました?」
 けれどベルは特に動揺した様子もなく、凛華に話しかける。
 平然としているけれど、ベルの過去はそう簡単に笑って話せるようなものではない。
「んーとね……お礼、言われた」
 何か言ってあげたい。
 何よりも彼女の傍に居たいと、今でも思っているのはベルだから。
「お礼……ですか?」
 軽く首を傾げたベルに、凛華は笑顔を浮かべて言った。

「よく分からなかったけど……王女、笑ってたよ」

 ベルは少しの間動きを止め、それからはにかんで微笑んだ。
「そう、ですか」
 笑ってくれれば、それで良い。
 例えその隣にいるのが自分でなくても。あの人が笑っていればそれだけで充分なのだ。


 少しだけ嬉しそうなベルの顔を見て、凛華はフェルレイナの方へと視線をやって小さく笑った。
 どうやら今日王都でセシアに会ったことをあの王女は知っていたようだ。どこかで会っていたのかもしれない。
 彼女の言葉が本当なら、ものすごく嬉しい。


 ──お義兄さまが、あんな風に声をあげて楽しそうに笑ったのは……即位してから初めてなのよ。