風が気持ちいい。
黒髪を絡め取り首元を通り抜けていく風にふうと凛華は息をついた。
ここはある意味特等席だ。
星見の塔の最上階は城壁よりも高いところに位置し、そこに居座ってしまえば一日中飽きることなく王都を眺めることができる。しかも邪魔者はいない。この塔の住人は凛華とその侍女であるベルとリーサー。そして、塔専任の警護騎士であるジルハだけだ。ベルは高所恐怖症なので入り口まであがってきてもそれ以上凛華の傍に近寄ることはできないし、リーサーは凛華が落ちることはないだろうと踏んで何も言わない。そしてジルハは彼女がこうして屋上に出入りしていることさえ知らないのだから。邪魔のしようがない。
涼しいなあと思いながら、凛華は景色を楽しんだ。
アルフィーユは秋を迎えようとしている。
最も目に付く変化は遥か遠くに見える平野や山々だった。この間までは瑞々しいばかりの緑ばかりだったものが、黄金色や紅色など、少しずつ色合いが出てきている。近くにある大河も、夏は眩しいほどきらめいていたが、今はそれほどでもない。
変化がないのは、王都の人の多さくらいであった。
「……あれ?」
けれどふと凛華は首を傾げる。
この間出かけた時よりも、大通りを歩く人が多いように思えた。それに何だか浮き足立っているように見える。
凛華はくるりと振り返り、後ろにいたベルに声をかけた。
「ねえベル、今日、何かあるの?」
仕事熱心なベルは屋上へ続く入り口のあたりにべたりとへばりついている。彼女の顔は気持ちをはっきりと語っていた。今すぐにでも戻ろうと言わんばかりだ。
それにもかかわらず、彼女は気丈に顔をあげ、主の問いかけに応えた。
「今日が花祭りだからです……」
ああ、そろそろ限界のようだ。
「花祭り?」
「え、ええ。ごご、ご説明いたしますから……下に戻りませんか……」
凛華は別にここで説明を聞いていても良かったのだが、あまりにもベルが泣き出しそうな声で話していたのでそれに同意した。
だから最初に言ったのに。
『ベル、高所恐怖症でしょ? それにわたし一人で大丈夫だって……』
ただ風にあたりたかっただけなのである。そう気遣ったのに、彼女は無理をしてここまでついてきた。
曰く、
『これも宮廷女官の努めですわ!』
だそうだ。
凛華はその場で立ち上がり、すたすたと歩く。
それを見てベルはいつもの落ち着きようからは考えられないほど慌てふためいた。こんな高い位置で立つなど、とんでもない。突風でも吹いたらどうするのだ。
「大丈夫だよ、ほら」
「そう仰る方に限ってお怪我をなさるのですわ……っ!」
目に涙まで溜めてそう説得される。
凛華は、もうベルのいる前では塔の屋上に行きたいと言わないようにしようと、かたく心に誓った。
塔の中に入り、ベルに手を貸して彼女を落ち着かせる。やっと平坦な床を踏むことができたベルは安堵のため息をついていた。
部屋に戻り、話を聞く体勢に入る。ベルにお願いされたので大人しく椅子に座っておいた。
最近ベルは凛華の髪を梳かすことがお気に入りなのである。彼女の長い漆黒の髪は、色々といじり甲斐があるらしい。
「もうすぐフィアラが終わる頃ですから……。終わってしまうと、また来年の春まで咲かなくなるんです」
「そうなの?」
そう言えば花挿しに飾ってあるのはいつの間にかフィアラではなくなっていた。これまではフィアラと別の花、というように、必ずフィアラが添えてあったのだが、今は名前の分からない薄黄色の花だけである。
なるほど。年がら年中咲き続けているわけではないらしい。
「ですから、毎年この時期になると来年の春のフィアラもきちんと咲くようにと、お祭りをするんです。それが通称『花祭り』と言われているお祭りですわ」
「他の花もお祭りするの?」
「いいえ、フィアラだけですわ。フィアラは平和と豊穣を象徴する花ですので、アルフィーユだけでなくどこの国でも特別に扱われているのです。全ての花について花祭りをすることになったら、きっと毎日がお祭りになってしまいますわよ」
「それはそれで楽しそうだけど……」
「あら、たまにだからこそ良いんですよ」
「そうだね。毎日がお祭りだったら、お祭りがあることが普通になっちゃうね」
「ええ、ですから、」
凛華のサイドの髪を耳の形に沿うように丁寧に編み込んでいきながら、ベルは一度言葉を句切り、微笑んで言った。
「今日一日だけが、豊穣を祝ってのお祭りなんです」
鏡越しに見えるベルの笑顔に、思わず凛華は待ったと声をあげたくなった。
えーと。確か。
(……確かアルフィーユはジェナムスティと戦争をしている筈ではなかったでしょうか……)
ぽかんとした凛華の表情に気付いたのか、ベルがくすりと笑った。
「大丈夫ですよ。花祭りは豊穣だけでなく、女神さまに感謝を捧げるためのものでもあるんです。ずっと昔から、そのお祭りの日だけはどこの国も争ってはいけないことになっているのですわ。女神さまの意に反するようなことは、いくらあの国が理不尽な戦争をする国でもいたしません。あの国もまた女神さまを奉じる国ですから」
話が神話レベルにいってしまっている。
国の創造主が女神ということだろうか。
つまりそれは凛華の知識からすると、日本でいうイザナギノミコトとかイザナミノミコトとかいう神話中の存在と同じだ。自分の知っているものにあてはめてから納得して、ふうんと凛華は呟いた。
「すごいね。いつもは静かなのに、お城までこんなにざわざわしてるんだ……」
浮かれている女官たちや、どこか楽しそうに回廊を歩く文官たち。
部屋の窓から見える光景を眺めていた凛華は、なるほどと納得した。今日が祭りだからなのか。
「そうですわ。国民のほとんどは、今日は仕事を午前中で切り上げます。午後からは街でお祭りですわ。花祭りは、真夜中の神殿の鐘が鳴るまで続くんですよ」
「へえ〜。楽しそうだね」
何本か作った三つ編みをまとめ、それを器用にまるい形になるように耳の後ろでまとめていく手さばきを、凛華は感心して眺めていた。自分で同じことをしてみろと言われてもきっとできない。
「リンカも参加なさいますか?」
「うん。行きたい、な」
祭りは好きだ。
夏になると、幼いころは父と、父が亡くなってからは友人たちと、凛華は浴衣を着て夏祭りに繰り出していた。夏祭り独特の雰囲気が好きなのだ。いつもは人気のない路にまで多くの人が溢れ、露天から漂う食べ物の匂いや、射的や金魚すくなどのゲームに興じる人々の声。そして何より、夜空に上がる花火を見るのが大好きだった。
ベルの言葉によると、同じ祭りでも、夕方頃から始まるのではなく昼から始まるものらしい。
一体どのようなものなのだろう。
「では準備いたしましょう?」
にっこりと、ベルが笑った。
鏡越しにそれを見ていた凛華は何だか嫌な予感がした。
(……もしかして)
「これ、着て下さいませんか?」
嬉しそうに笑ったベルの手にあったのは淡いピンク色を基調とした可愛らしい服で、胸元や裾や袖部分には濃い色の糸で細かい花の刺繍が施されている。肩のあたりやスカート部分はふんわりと膨らませてあり、二の腕や腰のあたりはぴったりとしたデザインで、可愛らしいけれど何だか可愛らし過ぎる。いわゆる「ピアノの発表会で着るような服」である。
ベルの趣味だ、絶対に。
リーサーならばもう少しシンプルかつ機能的なものを選んでくれるはずである。
しかもベルの横には、かかとの高い華奢なサンダル。
それもまた所々細工がされていて、見ているだけでもほうっとするような可憐なものだ。
そして極めつけが、白いフィアラで作られた花冠。
(……やっぱり)
凛華が無言でそれらを見ていると、ベルが言った。
「去年は妹のシェリやマリーと行ったんですけど……今年は二人ともこちらに来ることができないみたいなので、寂しかったんです。兄さんと二人で行こうかとも思ったのですが、あいにく兄さんは警備のお仕事があるそうですし。ですが、リンカがいらっしゃるならご一緒できるので良かったですわ」
まだ凛華は行くと返事をしたわけではない。
それなのにベルの言葉は既に彼女が行くことを承諾したかのような言い様だ。
ベルの着ている服が、今自分が手にしているものと似たような造りの服であることを確認して、凛華は小さく息を吐き出した。
だめだ。勝てない。
「えーと……一人で着られそうにないから、着方教えてくれる?」
ベルはにっこりと笑った。
「ええ、勿論!」
「…………」
「…………」
「……あ、あの……」
無言のままの二人の騎士を見て、不安そうに凛華は声を漏らした。
耐えられない、こんな沈黙は。
隣に立つベルはにこにこと笑ったままで助け船を出してくれないようだ。
「ベ、ベルが鏡を見せてくれなかったから……どうなってるか分からないんだけど……へ、変、かな?」
やはり変なのだろうか。
途中から鏡を見せてくれなくなったベルは、仕上がりに何も言わなかった。ただ満足げに笑っているだけなのだ。
髪型は、少し自惚れてしまっても良いと思う。
耳の後ろでまとめ、残りは自然に後ろに流して、花形のピンをさしている。自分の髪ながら可愛いなと凛華は思っていた。
けれど服装は、こう沈黙されると、それほどまでにひどいのかと少々落ち込むではないか。
「………」
「………」
勇気を振り絞って尋ねたのに。沈黙は変わらなかった。
恥ずかしくて涙が出てきそうだ。
「兄さん、ロイアさま! リンカが困っていらっしゃいますわ。何かおっしゃらないと……」
やっとベルが助け船を出してくれた。
だがしかし、凛華はぽつりと呟いた。
「……脱いで来る」
そんなに沈黙されるくらい似合わない服を、いつまでも着ていたくはなかった。
お祭りだと単純に浮かれていた自分が恥ずかしい。
「リ、リンカ……っ!」
ベルが慌てて凛華の手を引き留めた。
冗談ではない。せっかく頼み込んで飾り付けさせてもらったのだ。これはもう、お披露目をするしかないではないか。
「……綺麗だな」
赤銅色の瞳を細めて、ロシオルが笑った。
ベルとよく似た人を安心させるその笑い方に、凛華がベルを振り切ろうとしていた手を止める。
「ものすごく綺麗ですよ、リンカさまっ!」
ロイアが満面の笑みで言い、動きを止めていた凛華は今度は顔を真っ赤に染めた。
凛華は頭にフィアラで作った花冠をかぶっていて、その漆黒と純白のコントラストがあまりに綺麗でロシオルもロイアもそれに釘付けだったのだ。決して凛華の格好が変だとかいう理由で固まっていたわけではない。
かかとの高いサンダルを履いているけれどいつも通り真っ直ぐに背筋を伸ばしていた凛華の格好は、どこか近寄りがたい雰囲気があった。ベルの努力の結果である。
本当は今すぐ部屋に駆け戻って脱ぎたいのだが、ローファーで猛ダッシュできる凛華でも、残念ながらこのようなかかとの高い靴にドレスでは走れない。
この格好で思いきり転けてしまうのはそれ以上に恥ずかしかった。
「では兄さん、お仕事頑張って下さいね」
「ああ。ベルもリンカも……気をつけろよ。今日は王都中が浮き足立ってる。何かあってからじゃ遅いんだからな」
「はいはい。兄さんは少しは眉間の皺伸ばした方がいいですよ」
どこまでも心配性な兄をからかってから、ベルは凛華に声をかけ、城を出ることにした。
もう逃げるのは諦めたのか、凛華は何も文句を言わなかった。
ロシオルやロイアはまだ警備の仕事がある。ロイアは進んで凛華とベルの警護に当たると宣言したのだが、ロシオルの呆れのまじった言葉によって阻止された。
城下に出ると、そこは既に人で賑わっていた。
どちらを向いても必ず視界には人が入り、そして笑顔だった。
そんな中をベルと二人で歩いていると、案の定凛華はどうしようもなくわくわくしてしまった。
「誰だ?」
「うわ……綺麗……」
「黒い髪……!」
「もしかしてあの方は──」
花祭りの間は王都の人々だけでなく、王都外からも人々が集まってくる。
彼らのほとんどは凛華のことを知らなかったので、彼女の黒い髪と黒い瞳を見て一様に驚き、彼女の色に見入っていた。特別美人というわけではないけれど独特の色に加え、凛華の笑顔はどことなく惹きつけられるものがある。
そして思い出すのだ。幼い頃に一度は聞かされている御伽噺のような巫女の預言を。
だが、その周りからの言葉に凛華は耳を貸さなければ、振り向きもしない。まさか自分への言葉だとは思っていなかったのだ。
王都の中心に近付けば近付くほど、人で賑わってくる。その人々のほとんどは女性や子供だった。大人の男性はまだ仕事があるらしい。見かける男性は、大体は露店の店主か店員だった。
人の流れに乗ったまま歩き、喋り、騒ぐ中で凛華はふと誰かが自分を呼ぶ声を聞いた気がした。
流れに逆らってぴたりと足を止める。
「どうかなさいましたか? リンカ」
人の流れの中で立ち止まることほど危ないことはない。ベルは慌てて彼女を人ごみから引っ張り出した。
「え……あ……誰かの声が……」
気のせいだったのだろうか。
「ごめ、何でもな──」
「――カさま! リンカさま!!」
今度ははっきりと自分を呼ぶ声が聞こえて、凛華はきょろきょろと辺りを見回して声の主を捜した。
ぴょこぴょこと跳ねている人物がいる。
「こ、ここですっ!」
手を大きく振りながら笑顔で駆け寄ってきたのは、アルシィだった。
小柄な体によく似合う服で着飾っていて、やはり彼女も花祭りを楽しんでいるようだ。
「アル!」
やっとアルシィの居場所を確認し、凛華が笑った。
ベルも一時アルシィの世話をしていたことがあるので顔見知りだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちはっ!」
駆け寄ってきたアルシィは勢いよく頭を下げた。凛華も慌ててそれに倣う。
初めて声で会話した凛華はものすごく嬉しそうだった。テニグの塔で度々顔を合わせていたのだが、あの時のアルシィはあまり喋らなかったし、凛華が声を出せるようになってから彼女と話をしたのはこれが初めてなのだ。
ベルが微笑んで近くにあった店を指す。飲食店であるその店は、花祭りに集まる人で賑わっていた。
「あちらでお話しいたしません?」
こんな往来で話していては目立つ。ただでさえ凛華の黒髪は人目を引くのだ。他の二人はベルに賛同し、その店に入ることにした。
「えっと……テニグでは、本当にありがとうございました。リンカさま」
座った直後、深々とアルシィが頭を下げる。もし凛華がいなければアルシィはあのままディーンの元で、いつ殺されるのかと怯えながら生きていかなければならなかったのだ。こうして今明日に怯えることなく生きていられるのは凛華のおかげである。
凛華は慌ててぶんぶんと手を振った。
「そ、そんな! わたしこそアルにお礼を言わなきゃいけないのに……」
彼女に助けてもらったのは自分の方なのである。
もしアルシィがいなければ声を失うどころか、きっと気が狂っていた。
否定する凛華に、しかしアルシィはゆるゆると首を振った。彼女に礼を言われるような、そんなことを自分はしていない。
「リンカさまのおかげで、わたしはこうしてお兄ちゃんと会えましたし……。ちゃんと、働かせて頂いてます。ですからわたしはリンカさまにお礼を……」
「アル、今何してるの?」
「近くの服屋さんで雇ってもらってます」
「そう。良かった……」
「王城で、働かないんですか?」
ベルが注文した果実のジュースを一口飲んで言った。
アルシィがやはりふるふると首を振る。
「いいえ……。リンカさまのお世話をさせて頂いたとは言え、わたしはジェナムスティ人で、リンカさまをテニグに連れ去った人間と同じですから」
「あれは……っ!」
ディーンだと凛華が言おうとする。
アルシィに罪はない。むしろ逆なのに。
「いいえ。逃がそうと思えば、ディーンさまの目を盗んで鉄枷を外すこともできました。わたし、ディーンさまがあの枷の鍵をどこに置いているのか知っていたんです。ですが……。ですが、わたしは怖かったんです。自分が殺されてしまう事が怖くて、何もできなかったんです。自分勝手で……ご、ごめんなさい……」
勇気を振り絞っていれば。
彼女の鉄枷を外すこともできたかもしれないのに。
ただ自分の保身のためだけに何もしなかった。声すら出すことができない凛華に、世話以外には何もできなかった。
本当は、こうやって話を交わすことさえもおこがましいことなのかもしれない。
けれど凛華は笑った。
「……アル。違うよ、それ。アルがいたから……わたしは今、こうやってここにいるんだから。だから、アルのせいじゃないよ」
アルシィがいなければどうなっていたか分からない。もしディーンと二人きりだったらと考えると、救い出されてから時間が経った今でも寒気が背中を走り抜ける。だからアルシィのおかげなのだ。
偽りのない凛華の笑顔を見て、一度目を見開いたアルシィはそのまま俯いた。肩が小さく震える。
どうして彼女は。ここまで人を赦すのだろうか。
辛くなかったわけがない。自分の声さえも失ったのに。
彼女は、笑う。
「アルシィさん、今日は花祭りですわ。……お祭りに、涙は似合いません」
ベルが柔らかくそう言って、アルシィの肩にそっと手を置いた。
「そ、そうですね……。……はい。女神さまの……花祭り、ですよね」
アルシィが泣きそうな顔で笑い、凛華とベルは柔らかく微笑んだ。
泣いてばかりでは何も変わらないのだ。どうせなら笑っていた方が良い。最初は無理矢理つくった笑顔でも最後にはきっと本物になるから。
三人で店長お勧めというジュースを飲み干し、店を後にした。
人が増えてきた通りに戻ろうとした所でアルシィが足を止める。彼女は服屋の仕事がまだ少しだけ残っているのだ。
「あの、リンカさま」
呼び止められた凛華はくるりと振り返った。
「何? アル」
「あ……えっと……。テニグの、あの塔の近くの森に……」
これだけでも伝えておかなければ。
ふうと自分を落ち着かせるように深呼吸してから、アルシィが真っ直ぐに凛華を見つめて口を開く。
「そこに……あの、野うさぎのお墓を……作ったんです……」
凛華が漆黒の瞳を丸くして驚いた。
自分が死なせてしまった、あの野うさぎ。自分をあそこから助けようとして目の前で殺されてしまった小さな命。血だらけの死骸がいつそこからなくなったのか、朦朧としていた頭では分からなかったけれど。
ちゃんと墓を作ってくれた人がいた。ちゃんと、弔ってくれた人がいたのだ。
「……あ、ありがと……っ!」
先ほどのアルシィのように、凛華が泣き笑いの表情で言った。
つっと、涙が頬を伝う。
だから人といるのは好きなのだ。こうした優しさが、嬉しくさせてくれる。
それを見たベルがにっこりと安心させるように笑って言った。
「リンカ、花祭りには――─―」
言いかけて凛華がその言葉の先をとった。
「涙は似合わない、だよね」
手の甲で涙を拭い、笑ってみせる。
「……そうですわ」
それから顔を見合わせ三人で笑った。
しばらく街を歩いた後でアルシィと別れた。
いつかまた機会があれば彼女に会いに行こう。それからいつか、テニグに行って、野うさぎの墓に花を。
一度俯いてそう決めた凛華は、ふっきれたような笑顔を浮かべて顔を上げた。
大丈夫。いつまでも泣いているだけのあの頃の自分ではないのだ。
「さあ、そろそろお昼ですわ」
街中に大人の男性が現れだしたのを見てベルが凛華に伝えた。
確かに通りは格段に人が増えている。比例するかのように視線が集まってきていたが、凛華はやはりそれを気にしていなかった。
一種の才能ですわねとベルが陰でくすりと笑う。
人の目を気にするくせに、こういう時の凛華は無防備で無邪気だ。見ているこちらが笑みを浮かべたくなるほどに微笑ましい。
「だねっ」
「花祭りが始まります」
にっこりと笑ったベルが神殿の方向を指差す。
その途端に大きな鐘の音が響いた。