最近は仕事が異常に増えてきた。理由は簡単だ。
それは簡単なのだが仕事は難しい。
小さくため息をつき、セシアはぺらりと書類をめくった。
警備面の経費も増やさなければならない。この国に敵意を持つジェナムスティの人間が入ることができてしまう。これ以上許してはいけない。あの国から逃げ込んできた人々を秘密裏に迎え入れることはしているが、敵意を持つ人々だけは入れてはいけない。そうしないと第二の凛華が出てしまうのだ。
あんな焦燥感に似た思いは、もう二度としたくなかった。
「……そうだな。分かった。検討してみる」
分厚い書類に全て目を通し、ばさりとそれを机の上に置く。
「ありがとうございます」
城の警備のほか、王都の警備の責任者でもあるロシオルが頭をすっと下げる。警備強化の案を出したのは彼だった。
彼もまた、もう二度と、戦争に関わりのない誰かが犠牲になるようなことはさせたくなかったのだ。
「ではこれで……」
そう言って退出しようとした時。
コッコッコッ
控えめな扉を叩く音に、セシアとロシオルは顔を上げた。そして扉に視線を向ける。
扉の向こうから用件を述べるのが通例なのだが、最近は例外もある。セシアが信頼しているアイルやその他の一部の大臣たちは、叩音だけでこの部屋に入ることを許されていた。ジェナムスティとの関係が悪化し始めている今だけに仕方がない。だが、叩音はしたが扉は開かれないし、用件も述べられない。
不審に思いながらもセシアは許可を出した。
「入れ」
大きな扉がそっと開かれる。
「?」
凝視していた彼らの視界に映ったのは。
ひょこりと顔を覗かせた漆黒の少女だった。
首を傾げた状態でこちらを向いているので、くくっていない黒髪がさらりと揺れている。
綺麗だなとセシアとロシオルは思った。
──入ってもいい?
彼女の唇の動きを読み取ることにも慣れてきたセシアが、その可愛らしい仕草に思わず仕事用だった表情を崩す。
「いいよ」
きちんと許可をもらった凛華は一度嬉しそうにはにかむと、執務室に入る。
それから真っ直ぐに背筋を伸ばしてセシアとロシオルの前まで歩き、ぴたりと足を止めた。
「リンカ?」
「どうかし──」
後ろで腕を組んだ凛華が少しいたずらっぽく笑う。
いつもより幼く見えるその表情。
そして、口を開いた。
その唇から漏れたのは。
「おはよっ」
空気ではなく、音。
滑らかに響く声に二人ともさも当たり前であるかのように返事をした。
「「おはよう。……えっ!?」」
そして全く同じ反応を返す二人。それが面白く、凛華はくすくすと笑いだした。
すごい、ぴったりだね。そう笑いながら言う凛華の声は幻聴ではない。
その声は。
セシアがずっと聞きたかったもの。
ロシオルが、自分の名前を呼んで欲しかったもの。
「リンカ!? 声が……っ!」
「治ったのか!?」
普段は冷静沈着に仕事をこなしていくこの二人をこうまで慌てさせることができるのはきっと凛華だけなのだろう。自分に絶対安静令を出してくれた二人を少しだけ見返すことができた凛華は嬉しそうだった。
口元に手をあて、まだくすくすと笑う。素直に笑うことができる。そのことがこんなにも嬉しい。
「うん、もう大丈夫だよ。ちゃんと、声、出るから。あの……ありがとう、それから……心配かけてごめんね?」
出会った頃と変わりない声で凛華がそう言うと、途端にセシアとロシオルはほっとした表情を浮かべた。
「良かった……」
「久しぶりに聞いた……」
安堵の表情のままのセシアとロシオルに、凛華は楽しそうな笑顔を向けた。
ありがとう。
それを自分の声で言える。嬉しくて嬉しくて仕方がない。
素のままで笑った凛華の笑顔は、光そのもののような、あのいつか見せた本物の笑顔だった。
「ちゃんと安静にしてろよ」
螺旋階段を登りきった所で、ロシオルは凛華に釘をさした。
声も治り、動き回ることはできるからから平気だと言ったのに、心配性な国王陛下と騎士隊長は彼女が動き回るのをまだ許してくれない。確かに手首の傷はまだ完全には治っていないし、萎えた筋肉は言うことを聞かない。それでもうしばらくは安静だと言われてしまった。何ということだ。つまらない。
「もう平気だって……」
凛華が半分呆れて赤銅色の瞳を見上げながら言った。
治療師に大人しくしておいた方が良いとは言われたような気もするが、身体を動かすことまでは禁止されなかった。絶対安静令はこの師匠とセシアが決定したことだったりする。
「おとなしくするつもりがないなら、十分ごとに様子を見に行くぞ」
真顔でロシオルが脅す。
それに本気を読んでとって凛華は小さく息をついた。
この鬼師匠はやると言ったら本当にやってしまうのである。
何てはた迷惑な。
「……おとなしくしとく」
不敵に笑ったロシオルにやはり不満げに手を振りながら、凛華は自分の部屋の扉を開けた。
セシアもロシオルも、本当に心配しすぎだ。
自分は今すぐ外に飛び出してローシャと遊びたいくらい元気なのに。
仕方ない。安静令が解かれるまでは大人しくしていようか。
この時凛華は、安静令は一日か二日で解かれるものとばかり思っていた。
甘い。この国の国王陛下と最強騎士殿は非常に凛華に関しては心配性なのである。
三日目になっても四日目になっても、安静令が解かれることはなかった。
そして。
「セーシーアー……外に出たいよう…………」
星見の塔の最上部に位置するここは、勿論凛華の部屋。
彼女はソファにしなだれかかるようにしていて、ぷーっと子供さながらに頬を膨らまして拗ねる。
絶対安静令をくらってからもう一週間が経った。セシアとロシオルや侍女二人は毎日のように逢いに来てくれるが、外に出て馬に乗ることも、剣を習うことも、遠乗りに行くことも、ティオンと思いきりと遊ぶことすら出来ない。
自分はもう完全に元気になったつもりなのに心配性のセシアとロシオルから許可が出ない。
そういうわけで、凛華は政務の合間に逢いに来てくれているセシアに文句を言っているのだった。
「駄目。あと一週間は安静にするように治療師に言われただろう? 大人しくするように」
向かいのソファに座っているセシアの言葉は昨日と同じで否定を表すもの。
「…………頑固」
「リンカほどじゃないよ」
「……」
さらりと返される言葉に凛華はついに何も言えなくなってしまった。
さすがは各国との会談を全て上手くやり進めることができる敏腕の国王。凛華一人相手なら簡単である。
凛華さん、陛下に勝てません。
「つまんない……」
幼く唇を尖らせる。
が、セシアはくすくすと笑うだけで取り合ってくれない。
「そんな顔しても駄目なものは駄目。手首の包帯がとれるくらいになるまでは絶対に駄目。大人しくしなさい?」
「……今外しちゃうよ?」
「いいよ。すぐに巻き直してあげるから」
「いじわる……」
はあ、とため息をつき、凛華はソファの肘置きの部分にもたれかかった。
セシアと話しているのは嫌いではない。むしろ楽しいので好きだ。けれどこの状況は彼女にとってあまり嬉しいものではなかった。
もう一度セシアに聞こえない程度に小さくため息をついた時。
「リンカァーー!」
と、盛大な音と声とともに扉が開かれた。
凛華の部屋をノックなしに開けるのは今のところ一人だけである。
「あれ、シエル?」
城の見習いコックであり凛華の友達でもある少年シエルは茶色い髪を揺らし、歯を見せて笑った。
直後、室内に凛華だけでなくセシアもいることに気付いて慌てて頭を下げるが、ここへきた目的を思い出し、ソファにかじりついている凛華の元へと歩みより、持っていたものを披露した。
「はいリンカっ。これ、お見舞い」
渡されたものは、花束だった。
片手で持つことのできる小さな花束だが、淡い桃色と白色の花がバランスよくおさまっている。
つい先ほど自分で摘み取って持ってきたらしく、茎にもシエルの手にもわずかな土がついていた。
それでも凛華はためらうことなく土ごとその花束を受け取り、うわあ、と喜色満面になった。
「シエル、これくれるの?」
安静令を出されている彼女は、ここしばらく自分で花を摘むこともしていなかった。部屋からの外出まで禁止されているわけではないが、こちらはベルに止められてしまったのである。おかげですっかり病人生活だ。
「うん。早く良くなるように!」
「ありがとう、綺麗だねっ」
そして初めて見た凛華の本当に嬉しそうな笑顔にシエルは思わず硬直してしまった。ずっと憧れていた彼女が、こんな風に綺麗に笑うなんて。
それから照れたように笑い、シエルは扉の方へと向かった。
「じゃあリンカ、またねっ。良くなったら遊ぼう。陛下、失礼しましたっ」
ぺこりと一礼して部屋を去っていくシエルに、凛華は「ありがとー!」ともう一度声をかけた。
どうしよう。
すごく、嬉しい。
「綺麗……」
「そうだね」
ほのぼのとした空気が流れる。凛華はソファから立ち上がって窓辺にあった白い花瓶に貰った花を挿した。見舞いが後を絶たないのでベルとリーサーがいくつも花瓶を用意してくれているのである。
傍の水差しから水を注ぎ、広がる花の良い香りを吸い込んで微笑む。太陽と風の匂いだった。
「んー、いい匂い〜! やっぱり……外に出たいな……」
もう一回お願いしてみようかと凛華がくるりと振り返る。
途端、機敏な動きについてくることがまだ完全とは言えなかった身体は、ふらついた。
「ひゃっ!?」
凛華は倒れる、と目を瞑って覚悟した。
だが次の瞬間、彼女が予想した衝撃とは違う感触。
間一髪でセシアが彼女を支えてくれたのだ。彼はどうやら反射神経が優れているらしい。
セシアの腕に掴まってほっと息をつく。
「ほら、絶対安静これで決定だ」
上からからかうようなセシアの声。
「だ、大丈夫だって!」
慌てる凛華の言葉を無視し、セシアはひょいと彼女の細い身体を抱え上げた。
「わわあっ!」
びっくりした凛華がセシアにしがみつく。以前はあれほど怖かった異性の筈なのに、不思議と怖くはなかった。
「恐がりのお嬢さんに一言」
くすくすとおかしそうに笑いながら、寝室まで彼女を運び、寝台へとそっと降ろす。
「大人しくしてるように、ね。俺、そろそろ本宮に戻るから」
それからチェストにおいてあった薬を見て、ああ、と思い出したように凛華に言う。
「リンカ、その薬ちゃんと飲むんだよ」
セシアの忠告に凛華がうっと声を漏らす。
治療師から渡された薬は二種類。
気持ちが落ち着くのだという粉末のものは白湯に溶かして飲めるので大丈夫なのだが。
もう一種類の、凛華の知るところで言う錠剤にあたる薬は、苦手なのだ。どうも喉に引っかかるような気がしてならない。
「どうしても飲まなきゃ……だめ?」
部屋を出ようとするセシアに、本人は無意識なのだが上目遣いで尋ねる。それはなかなかに扇情的な表情だった。
「駄目」
セシアはその殺人的な表情にも怯まず、その上笑顔で返す。この辺りがただ者ではない。
「うー……」
渋る凛華を見てセシアが笑いながらさらりと言ってのけた。
「なんなら口移しで飲ましてあげようか?」
その台詞に凛華が面白いくらい頬を赤く染め上げて抗議する。
「い、い、い、い、いいですー!! 自分で薬くらい飲めますっっ!!」
はっ。
言ってしまった。
薬くらい飲めると。
自分で言ったからには飲まなければならない。
また勝てなかったという悔しそうな顔をする凛華の頭をぽんぽんと撫で、セシアは彼女の部屋を後にした。本当は毎日こうやって彼女に顔を見せられるほど暇があるわけではないのだ。できることならばまだ彼女の傍に居たいのだが仕方がない。早く政務室に帰って残った仕事をこなさなければ。
その後、凛華付きの侍女であるベルは彼女の世話をする為に部屋を訪れ、錠剤のような薬を前にとしかめっ面をしている彼女を目撃することになる。
本日のお客はもう一人の侍女のリーサーだった。最近は次から次へと人が訪れてきてくれるので楽しい。
「暇そうね」
ふふっと笑いながらリーサーは凛華のベッドの横にある椅子に座った。
侍女らしからぬ行動だがそれは凛華自身が彼女にそうするように言っていたので、何ら不思議ではない。
「……セシアもロシオルも心配性すぎです」
むー、と頬を軽く膨らませる彼女にリーサーは笑った。
「あら、大切にされてる証拠じゃない?」
「えー?」
凛華が解せないという風に眉をひそめる。大切にしてくれるのならもう少し心配し過ぎないでいて欲しい。
「んっふっふー。ほーんと、リンカってば鈍いわよね」
本人を目の前にしてさらりと鈍いと言い放つリーサーの言葉を聞いて凛華がむっとした表情になった。
(鈍すぎ。陛下も騎士隊長のお気持ちも、分かり易いのに。どこまで鈍いんだか。……ここまで鈍いとからかいたくなるのよねー)
「あのさ、リンカ」
「はい?」
「んーと……。リンカって今好きな人いる?」
ごく自然に尋ねられ、凛華はしばらく固まりそれから焦って手をぶんぶんと振った。心なしか頬が赤い。
「い、いませんよ!」
「本当に?」
リーサーがにやにやと笑って聞く。凛華は自分の頬が更に熱くなるのを感じた。
「じゃあ……。傍に居てほっとするのは?」
「えと、えーと……。……セシア……かな。あ、でも! ベルといる時が一番ほっとするんです!」
にこっと笑ってそう言った凛華にリーサーはふぅっとため息をついた。
(駄目だこりゃ。……陛下も騎士隊長もこれじゃご苦労なさるわねー……)
二人の顔を思い浮かべてリーサーは小さく笑った。
(……もうご苦労なさってるんだっけ)
そんなリーサーをよそに凛華は独り言のように呟く。
「だってセシアってば……心配性すぎです。大切にしてくれるならもっと自由にして欲しいですよ」
「確かに……陛下ってリンカのことになると異常よねー」
淡々と仕事をこなしていくだけの国王が最近変わった。表向きは以前と変わらないのである。
だが凛華の前での彼は、どこか柔らかい雰囲気があった。
「そうですか?」
「うんうん」
「そうなんですか……」
ふうんと呟き、凛華は考え込むように黙った。
自分に対するセシアの態度が異常だというなら、尋常な彼は一体どんな人なのだろうか。
彼は優しくて、話していると楽しくて、少しばかり意地悪なところもあるけれど、凛華のことをとても大切に扱ってくれている。
まるで童話の王子様のよう。少なくとも凛華の同級生たちに彼のような人はいなかった。いい人だと思う。
けれど自分の前での彼は他人の目から見ると異常らしい。
どういうことなのだろう。
自分だけが、特別?
それは「預言された少女」だから?
いなければ国王である彼は困るから?
どうして彼は、他人の目から見て「異常」な扱いをしてくれるのだろうか。
考え始めた凛華を見て、リーサーは彼女が真剣に恋愛について考え始めたと勘違いし、邪魔をしないようにと手を挙げた。
「ごめん、考え事の邪魔になるみたいだからまたね」
手を振って爽やかに去っていく侍女。
邪魔なんかじゃ、と言おうとした凛華は、結局その言葉を言うことができないまま、ぱたんと閉じられた扉を見つめた。
「行っちゃった……」
教えてもらおうと思ったのに。
どうして彼が「異常」な扱いをしてくれるのか。
――ほっとするのが誰かと聞かれてとっさに答えが出なかった。
ベルの傍は気持ちいい。美味しい紅茶を入れてくれた彼女の傍はふんわりと温かい。
リーサーの傍にいるのも気持ちいい。彼女は何でも面白がる性格なのか、とても楽しい気分にしてくれる。
でも、でも、少しだけ違うのだ。
セシアの傍にいる時と。
どうして違うのか分からない。けれど、違うということだけはおぼろげでも分かる。
彼の傍にいるとほっとするけれど、緊張もする。
どうしてそうなるのかは分からない。セシアの顔があまりに整っているからだろうか。滅多に見ない綺麗な容貌だから。
でも、それとは違うような気もする。
ではどうしてかと聞かれると困るのだが、何故だろう、そういう理由だけではない気がするのだ。
ああ、分からない。
凛華は一度大きく伸びをすると、ぱふっと枕に顔を埋めた。
やめたやめた。
悶々と悩み続けるのは性に合わない。
『リーンカっ、元気?』
窓に足をかけ、白い羽を休めたティオンが声をかけた。
今日はいつにも増してやけに訪問者が多い。千客万来とはこのことだろうか。
「うん元気ー。……でも、外に出たいよう……」
枕に顔を押しつけたまま凛華がいじけたように答える。
ティオンは凛華には見えないように小さく肩をすくめた。鳥も肩をすくめるものなのである。
『……子供みたい、リンカ』
「子供でいいもん」
『いつまでもそんなのだと呆れられるよ?』
本当に軽い冗談のつもりだった。
笑いを含んだ声で言うと凛華ががばっと枕から顔をあげ、じっとティオンを見つめた。
呆れられる。
嫌われる。
それは、怖い。
「ティオンはわたしといるの、いや? ……呆れる?」
そう言った凛華の目は潤み、今にも泣き出しそうだった。まるで置いていかれた子犬のような目でティオンを見る。
ティオンは窓から離れ凛華の枕元まで行くと囁いた。
『いやなわけないよ。リンカといると楽しいよ』
この冗談は凛華には言ってはいけないものだった。
凛華は他人に嫌われるのを極度に恐れる。今の言葉は、彼女を傷つけた。
「……そっか……」
凛華が心底安心したかのような笑顔を浮かべた。
内心で反省するティオンはその考えを悟らせないように、凛華にせかすように言った。
『ほらほら、あんまり遅くまで起きてると身体に悪いよ?』
「うん。もう寝る。……ティオン、傍に居て欲しいな……。だめ?」
やはり置いていかれた子犬のような目。
ティオンは自分が人であれば良いのにと願った。
そうすれば凛華を優しく抱き締めてあげる事が出来るのに。ずっと傍に居てあげられるのに。考える内に落ち込みそうになり、ティオンはぷるぷると頭を振って凛華の手に乗った。
『……しょうがないなあ。今日だけだよ? 寝返りの時に潰したりしないでね』
そうふざけたように言うと、凛華がぱあっと笑顔になった。
「うん、気をつける! ありがとうティオン、大好き!!」
大好きという言葉を聞いて、ティオンがどこか複雑な色を瞳に浮かべたが、思いきり喜んでいる凛華にそれを見られるような事はなかった。
ティオンの言うことを聞き、すうすうと規則正しく寝息を立て始めた凛華の枕元で、ティオンはその寝顔をじっと眺めた。
何よりも他人に拒絶されることを嫌う凛華。
そんな彼女を自分が呆れるはずがない。
ずっと、こうやって彼女の傍にいたかったのだから。
こうやって過ごすことをどれくらいの間忘れていただろう。
いつの間にかそんなことも忘れてしまうほどの時間が経っていて。
ずっと傍にいたい。
今日だけではなくて。ずっとずっと、毎日。
『……叶わぬ、願い……』
一緒に居たいけれど。
「選択」の時がくれば、彼女は傷つく。
巫女の与える「選択」は、彼女の気持ちの最も深い所を突き刺し、厳しい選択を迫るのだ。
それに絶望した時に。
彼女は、何を思うのだろう。
これ以上私情を持ち込んではいけないことは重々承知しているつもりだ。ティオンにはやらなければいけないことがある。
けれど。
今だけは。今、この時だけは。
彼女の傍で、彼女の笑顔を見つめていたい。
どうか、どうか、今だけは。
何度でも神に祈りを捧げるから。
『……おやすみ、凛華ちゃん』
どうか良い夢を。
呟いて、ティオンは目を閉じた。