白い。
素材が何なのか凛華には判断できなかったが、その真っ白な壁に囲まれた神殿はとても神秘的な雰囲気が漂っていた。神社というよりは教会に近い。
上を見上げてみると五メートル以上あるのではというくらい天井が高かった。
それ故にかなりの空間的広さを感じさせる。見上げていると首が痛くなったので、見上げるのをやめた。
今回は正式な国王としての神殿訪問ではなく、セシアに軽装のままでも大丈夫だと言われたので凛華の今の格好は至ってシンプルだ。着飾って行くような場所ではない気がしたので、装飾具をつけようとしたベルにはごめんねと言っておいた。
ここまで一緒に来たのはセシアと数人の護衛の騎士。
本来ならば凛華一人が行く筈だったのだがそれでは道も分からない上に危険だからと、セシアは案内役を買って出た。
仕事はどうしたのかとこそりと伺ってみると、にっこりと笑われた。
どうしたのだろうか。
サボった、とか。
いけないと彼女は左右に頭を振った。
こんなことを考えている場合ではない。
無表情に淡々と案内する神官に凛華だけがついて歩く。
基本的に神殿は男子禁制なのだと教えてもらった。アルフィーユ国王と言えども神殿の奥まで入る事は許されないらしい。
「こちらです」
優雅な仕草で廊下を示して神官は立ち止まった凛華に説明した。
「巫女さまはこの奥の部屋にいらっしゃいます。……何かあればお呼び下さい」
ここの神官たちは宮廷女官のような存在ではない。
武芸に長けている女性がほとんどなのだ。男子禁制のこの神殿では、彼女らが巫女を守る存在だった。
「ありがとうございました」
ぺこりと彼女に頭を下げて凛華は部屋に向かった。
どきどきする。
真っ白なここは、どこか病院に似ている。彼女にとって、病院というのはあまり良い印象を持つものではなかった。凛華が誰よりも大好きだった父親が息を引き取った場所だったから。
扉を遠慮がちにノックをすると中からの返事よりも早くその扉は開かれた。人の手によって開けられたのではなくて、独りでに開いたので、凛華はびっくりして一歩後退った。
神官から説明されていた通りの手順を踏んで室内に入る。
少し中へ進むと、白い部屋の中央に女性を発見した。清潔感の漂う白い衣装を纏った彼女こそが巫女なのだろう。
「……は、初めまして、凛華です」
声が少し震えていたけれどそれでもきちんと言えたのだから問題はない。礼儀は守らないと、というのが彼女の信条だった。
彼女のぎこちない挨拶に、巫女は微笑んで返事を返した。
「初めまして。フェデリア・シャラネイムよ。……聞きたい事があるんでしょう? どうぞ、座って」
巫女というのは声までどこか神秘的だった。
口調は少しくだけていたが、それでも。巫女だと他人に思わせるような不思議な雰囲気を纏っている。
一層緊張してしまった凛華はフェデリアの向かいにおずおずと座った。
セシアのあの綺麗な髪はフェデリアのものによく似ている。
彼の母親も、その母親も、この巫女の色を受け継いでいたのだ。アルフィーユの王族には銀髪が多いのだろうか。
それに瞳の色もセシアよりは紫がかっているような気がするけれど、そっくりだった。セシアが女性だったらこんな美人なのかなと凛華は場違いな感想を持った。
(セシアのお母さんのおばあさんって事は曾祖母ってことで……。……え? わ、わわ若っ!!)
目の前にいるフェデリアはどう考えても二十代か三十代だ。
世代を超えているにもかかわらずその容姿は時が止まってしまったかのように若々しい。驚きを隠せずにぎくしゃくする凛華に、フェデリアはふふっと笑った。
“全てを得る代わりに全てを失う”
その本当の恐ろしさを凛華は知った。
「えっと……」
凛華が恐る恐る口を開く。
するとそれを待っていたかのようにフェデリアはぎこちなさの抜けない彼女の言葉を先取りした。
「どうやって元の世界に戻るのか。どうしてわたしが巫女になったのか……ね?」
いともあっさり言われたその言葉はまさしく凛華の心の中を言い当てていて、彼女はびくりと身を引いて驚いた。
「な……っ! どうして……っ!?」
まさか巫女という者は人の心まで読めてしまうのだろうか。
驚きの表情を消すことができない彼女に向かい、フェデリアはテーブルに置いてあった紅茶のカップを持ち上げて一口飲んだ。驚いている凛華とは違い、こちらは落ち着きそのものである。
「顔に書いてあるわよ」
「あ……」
くすりと含み笑いをされて、凛華は呆けた声を漏らした。
けれどどこかでほっとしていた気がする。
人の心を読むことができるような人がいるとしたら、怖い。
「……さてと。何から話そうかしら……」
マイペースに紅茶を啜りながら言うフェデリアに凛華は拍子抜けした。
巫女の話というから、もっと厳かに話されても良さそうなものを、この巫女はまるで世間話でもするかのように前置きをするだけしておいて、話し始めた。
自分の分だと入れてもらっていた目の前の紅茶のカップを両手で持ち、凛華は彼女の話に聞き入る。
手が震えていたのか、カップの中の瑪瑙色の液体はかすかに揺れていた。
「じゃあまずは、わたしが巫女になった理由から話そうかしら」
そう言われて、凛華が軽く息を呑む。
そうだ。それが一番知りたかった。
どうして大切なものを失ってまで永らえようとするのか。凛華にとって父親や祖父との記憶は宝物以上に大切だったので、その気持ちはどうしても理解することができなかった。
「……わたしが巫女になったのは……巫女には命を吹き込む力が与えられるから。巫女は生命の力を司る者。その代償は大きいけれど、わたしは、どうしてもその力が欲しかったのよ」
権力欲ではない。
確かに命を司る者となればその権力は絶大なものだが、そんなもののために記憶を捨てた訳ではなかった。
本当に欲しかったのはその力。
大切なものを守ることができる、唯一の力。
「全て忘れてしまうと分かっていてもどうしても救いたかった。……だって……愛していたもの。何もかもなくしてしまっても良いと思えるほど、大切だったから。……わたしが巫女になったのは、自分の娘のためなの。つまりは自分のためね」
「まさか……記憶……っ?」
自分が巫女になった理由を覚えているような言い様に凛華は驚いたが、フェデリアはゆるく首を振った。
銀の髪がさらさらと揺れる。
「何も」
本当に。
「何も……覚えていないわ」
あれだけ愛していた娘の顔さえも、死ぬまで傍にいると決めた夫の顔でさえも。
「全て忘れてしまった」
カチャリと小さな音を立ててフェデリアは持っていたカップをソーサーに戻した。
彼女にとっては他人に話したくもないような話なのに、彼女は真っ直ぐに凛華を見つめる。その濃い紫がかった青色の瞳は、とても静かだった。
「巫女になってから見たものは記憶しているけど……なる前のことは少しも覚えていないの。付き添うと誓った王の顔も、愛し続けると決めた王女の顔も。……ただ、公式訪問をするために見た娘の顔はどうしても忘れられなかったけどね」
ぴくりと凛華の指が動いた。
飲みかけの紅茶が波紋をなして揺れる。
フェデリアは視界に入ったその反応を見たけれど、特に何も言わなかった。
「……それ以外に知っているのは……神官に無理言って教えてもらった自分の過去だけ」
全てを忘れた母親と呆然と見つめていた王女。
会話を交わすことは許されていなかった。あの時フェデリアは、微笑むだけで精一杯で。
知らされた過去は何だかとても現実的ではなかった。
王妃? まさか自分が?
娘がいたことも夫がいたことも信じられなかった。たった一日前までは覚えていた大切な家族。
それなのに、記憶にぽっかりと穴が空いたように、思い出すことができなかった。
「……わたしの娘は産まれた時にはもう衰弱死寸前だった。元々身体が丈夫じゃないのに無理して産んだから……その分、娘に負担がかかったんだわ……。情けない母親だけどね」
その言葉に凛華はきゅっと眉根を寄せた。
凛華の母親は、彼女を産んだせいで体調を崩してしまった。医者は止めたのだと父親が死んだ後で祖父が教えてくれた。それでも産むのだと。死んでも構わないから、新しい命だけは守るのだと母親は笑ったそうだ。
「巫女になれば……命を司る者になれば、命を救うことが出来る。こんなたいそうなものになる為にはそれなりの力はいるけど……幸いわたしにはその力があった。予見くらいなら、結構誰でもできるのよ?」
本当は、そんな力などなかった方が幸せだったのかもしれないけれど。
「力を持つものが巫女になる。たまたま、わたしがそれを持っていた。……それだけのこと」
大勢の周りの人間に反対された。
代々の巫女は神官だった者や、直系の巫女の子孫がなっていたのだ。
──何も妃陛下がそのようなことを。
──そのようなことをなされば王陛下が悲しまれます。
反対され続けたが、フェデリアは考えを変えなかった。
時間がなかった。放っておけば、産まれたばかりの小さな命は死んでしまうのだ。
もう子供は望めないと知っていたからこそ、譲ることはできなかった。
「愛した娘の命と引き替えに、わたしは全ての記憶を捨てた。目に入れても痛くないくらいに、大切にしたかった。……目にどうやって入れるのよね」
最後はおどけて、くすくすと笑う。
凛華を笑わそうとしたのではないことは分かった。どこか寂しそうな笑顔だ。
記憶をなくしてまでして娘を助けた母親。けれど助かった娘に言葉をかけることすら許されない。
どうして簡単に記憶を捨ててしまったのだろうと思っていた凛華は自分が恥ずかしくなった。
そう考えた時、凛華はただ記憶を捨てるような真似をしたことが理解できなかった。
忘れることの本当の意味も知ろうとしなかった。
(この人は……笑ったまま、泣いてる)
巫女は泣かない。ただ生命を守るために、祈り続ける。巫女となってから不平等というものは許されなかった。全ての生命を尊び、そしてそれを守り続ける。
個人的な理由で涙を流してはいけなかった。
「……悲しい」
ぽつりと自分の漏れた言葉に内心驚きながらも、凛華はそれを続けた。
「悲しいけど……大切な人が、生きていて良かったと……思うことが、できたら」
それで良い。
生命を司る者は、いや、そんな力がなくても、人は、死者を生き返らすことはできないのだ。死んでしまっては意味がない。
だから生きていることが、大切だと思えるのなら。
「……優しい子ね」
言葉に詰まりながらも、生きていれば良いと言った凛華を、フェデリアはふわりと抱きしめた。
この手で抱くことのできなかった娘を愛した母親と。
母親に抱きしめられた記憶がおぼろげにしかない娘と。
何故だか本当の母子のように、身を寄せ合っていた。
凛華はそっと目を閉じる。温かい温度は変わらないまま、抱きしめ続けてくれた。温かい。
「お母さん……だ……」
目と閉じたまま凛華は呟いた。
幼い頃に母親を亡くした彼女には母親に抱き締められた記憶が残っていない。父親や祖父はよく笑いながら抱きしめてくれていたが、それは男親のものであって母親のものではあり得なかった。
フェデリアの温かい感触は優しい母親を思わせる。
どうしようもなく泣いてしまいそうだった。
「人はね……それぞれ役目を果たすために産まれてきたのよ……。きっと娘を救うのがわたしの役目だった。だから……後悔はしてない。これからも、しない」
「役目……?」
「その役目は自分で決めるものよ? 最初から決まってなんかいない。最初から決まっているものなんてそんなのまっぴら。冗談じゃないわ」
巫女らしからぬものの言い様だが、その内容は凛華をほっとさせた。
産まれてきた者は役目を負う。
自分の役目が何なのかまだ分からないけれど、選ぶのは自分だ。
身体を離したフェデリアがにこりと笑う。先ほどまでの寂しげな表情はもうどこにも見あたらなかった。
後悔はしないと決めた彼女は、強い。
「はい、しんみりするのはこれまでね。……それで次は元の世界に帰る方法だけど……」
凛華がびくりと肩を震わせた。
自分の気持ちを整理しようとしても、結局自分の気持ちが分からなかった。何をしたいのか決めるのは自分なのに。流されたままではいけないのに。
夜遅くまで眠ることを拒否して考え続けても、答えは分からなかった。
どうしよう。このまま教えてもらったら、きっと自分は楽な方を選んでしまう。
出来るだけのことはするとセシアに約束したのだ。
楽な方を選んで逃げ、彼との約束を破るような自分は見たくなかった。
「……やっぱりね。迷ってるんでしょう?」
またしても言い当てられる。
それ程までに顔に出ていたのだろうかと、凛華は自分の頬に両手を当てた。
「……はい」
「────だったらまずやれる事からすればいいわ」
どくん、と衝撃を覚える。
フェデリアが口にした言葉は、日頃父親が口癖のように言っていた言葉だった。
『やりたいようにすれば良いんだ』
わしわしと、大きな手で自分の頭を撫でてくれた父親。
『責任は自分で取れ。……他人の手は、どうしても駄目だと思った時以外に借りるなよ? それに安心し続けていると、いつか後悔する』
お前はお前のしたいことをして良いんだと、繰り返し言ってくれた。
時間も場所も越えて再びかけられた言葉に、涙が溢れてきそうなくらい嬉しくなる。
『だから凛華』
その続きの言葉が頭から離れることはなかった。
今でも父親の言葉は確かにはっきりと残っている。
目を細めて笑っていた父親の笑顔とともに。
──だから凛華、笑ってろ。
「自分がやりたいと思ったことをすればいいの。それが……役目。だからまだ方法は教えないけど、一つだけ言っておくわ」
髪を煩わしげに掻き上げてから、フェデリアはにっこりと笑った。
セシアと似た髪色。セシアと似た瞳の色。
けれど、フェデリアの笑顔は本物だ。
彼が笑っていた時の笑顔は「国王」だった。彼は笑顔の仮面でも被っているかのようだ。本当には笑わない。彼の曾祖母の笑顔を見た凛華は、薄々感じていたことにはっきりと気付いてしまった。
笑わない王。
その原因が何なのかは知らないけれど、多分その地位からなのだろう。
凛華に向ける笑顔は彼女を賓客として扱うだけのものだ。普段の彼は笑わない。あの驚くほど真剣な顔で。
「あの預言が実現すれば、その時にあなたに“選択”がくる。自分のことを決めていいのは本当は自分だけ。だからあなた自身で選んだ“選択”は、あなたの未来を決めるわ。……その時にどちらを選んでも……後悔だけは、しないで」
何に後悔するのか、最後の方はよく分からなかったが、凛華は頷いた。
やりたい事からすればいいと言ってくれた巫女の言葉には力がある。
だから自然とそれに頷いてしまった。
「それとね、あなたのいた世界ではあなたに関する記憶は消されてるから安心して。騒ぎにはなってない」
「そうなんですか? ……でもわたしがもし元の世界に戻ったらその時は……」
さしずめ浦島太郎にでもなるのかな、と思いながら凛華が尋ねる。もしかしたら玉手箱なんかもらっちゃったりするかもしれない。
「大丈夫。戻る時は……もしもの話だけどね? あなたがそれを選んだ時、フィアラの咲くあの時間に全てが戻ってる。知らないだろうけど……命を司る巫女の中には変わり種もいてね、少しだけなら時間を操ることができるのもいるのよ」
その変わり種とはフェデリアのことなのだろう。だとしたら彼女は相当な力を持っている。
言われた言葉は少し難しく、凛華はそれ理解するのにかなり時間を要した。
「つまり、あなたがあなたの世界に戻った時……あなたに関する記憶はみんなに戻るわ」
「……そんなことをしたのって……」
「わたしよ。ごめんなさい、悪かったかしら?」
「……いえ。ありがとうございました」
騒ぎになっていないのならありがたい。
学校の親友もバイト先の人たちも、心配してくれそうな人はいた。彼らに心配をかけたくはない。けれど存在が消されているのなら、その必要はなかった。
自分が何を選択するのか、どうしたいのかよくは分からないけれど。
それでもいつかは自分の道を自分で決めるのだろう。
ぺこりと頭を下げ、凛華はフェデリアの部屋から静かに退出した。
これも神官から言われていたのだ。
余計な時間を取ることはできないと。彼女の力は全ての生命に等しく与えられなければいけないから、凛華だけに時間を費やしてはいけないのだと。
「……後悔だけは」
しないで欲しい。
それは悲しすぎるから。どうしてあの時、と思ってしまうのは辛いから。
フェデリアは娘を救ったことを後悔などしていない。記憶を失ってしまったことはショックだったけれど、あんなにも弱々しく呼吸をしているだけだった娘が、すくすくと成長して、そして安らかに死んでいったのだ。
クッションに身を沈め、フェデリアはそっと目を閉じた。
(あの子は、……あなたによく似てるわ)
彼女以外誰もいなくなった部屋に、つまらなさそうな声が響いた。
「あー暇だわ。百年以上生きてると面白い事も少ないし……。最近紅茶もマンネリだしなあ……」
巫女様の愚痴は、誰の耳に入ることもなかった。
長い廊下をなるべく静かに通り抜けながら凛華はフェデリアの言っていた言葉を思い返していた。
“後悔はしない。これからもしないと決めた”
そんな彼女はとても強い。柔らかな強さとでも言うのだろうか。
一瞬見せたあの寂しそうな表情を、その後は一度も見せなかった彼女。辛い話をさせたのは凛華なのに、そっと抱きしめてくれた彼女。
「──後悔だけは」
上を見上げて、白い天井をじっと見つめた。
穏やかな笑みを浮かべたセシアを思い出す。自分は彼に何かしてあげられるだろうか。いつまでも賓客扱いされたままではいけない気がする。
自分で、決めよう。
「しません」
まるで神殿に奉られている女神にでも誓うかのように、凛華は立ち止まってそう呟いた。
「陛下」
神殿の前で凛華を待っていたセシアは突然のかけ声に振り向く。
そこには、背が高めの神官が立っていた。
神殿は男子禁制だが、そこに仕えている神官たちが男性に会ってはいけないという訳ではない。巫女を俗世から切り離すためのものであるから、神官たちの出入りは当然自由だ。
「……何でしょう?」
「もし預言が実現して……『あの方』が元の世界にお戻りになることを選択されたとしたら……陛下は、どうなさるおつもりですか? ……無礼な質問をして、申し訳ございません」
セシアは質問にしばらく躊躇した後、彼女に向き直った。
「……私に止める権利はありません。彼女がそうしたいと言うなら私は止める気はありません。元より、そんな権利はありません」
セシアははっきりとそう言い切った。
これは国王としての答え。「俺」ではなく「私」の答えだ。
国王が預言された人間に干渉する権利はない。
けれど本心は、彼女に近づきたかった。
造っていた筈の王の仮面をいともあっさり取ってしまう彼女。恋愛感情とかそういうものではないだろうけれど、何となく彼女の傍にいるのは心地良いのだ。
「そう……ですか……」
神官は神妙な面持ちで頷くと、「不躾をお許し下さい」ときびきびと一礼して去って行った。
その彼女が神殿に入っていくのとすれ違いに軽やかな足音が聞こえてくる。
自分の考えに没頭しかけていたセシアは彼女がすぐ傍に来るまで気付くことができなかった。
「セシアっ!」
凛華の艶やかな黒髪が風に揺れる。くすぐったそうにその髪を抑えた彼女の表情は、どこか明るかった。
「終わった?」
「うん。帰ろ、お城に」
「……そうだね」
やはり彼女の傍は居心地が良い。
離したくなくなる。
ねえお父さん。わたし、やりたいこと見つけたよ。
あの約束はまだ守ることができていないけど。大丈夫、頑張るから。
──だから凛華、笑ってろ。